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黒尾鉄朗の苦悶

 

ぷるる、ぷるる

 イタリアと日本の時差を考えると、日本は今朝の六時台だと思って電話をかけた。
 早朝で起こしてしまうかもしれないと思いつつも、声がどうしても聞きたくなってしまったのだから、仕方がない。

 暫くコール音が鳴り続けていたのだが、二分後にやっと通訳へと変わった。

 

『こんな早朝にどうしたの?シャワー浴びてたから出るの遅くなっちゃったけど……』

 電話越しに聞く彼女の声に胸がジーンとしつつ、彼女の姿を想像して、黒尾は真顔で言った。

 

「ビデオ通話に変えてよろしいでしょうか?」
『着信拒否にされたいと言うのはよく分かったわ』

 ピシャリと答えた彼女に、黒尾は嘆きながら愚痴る様に言った。

 

「だって目の前で夫婦だからって男女がイチャイチャしてるの、ずっと見せ付けられたら寂しくなるでしょ?可愛い可愛い彼女に会いたくなるし、抱きしめたくなるし……俺もおっぱい揉みたいんだよ」
『……イタリアは今夜中になる所?酔っ払いからの電話で間違いない?』

 彼女が真面目かつ、若干引きながらに言うのだから、黒尾は自分の置かれている状況を伝えて訴えかける。

 

「今イタリア二十三時半。後輩夫婦の家に泊めてもらってるんだけど、子供産まれてるのに滅茶苦茶ラブラブイチャイチャしてて、目の前でチュー見せられたし、風呂から出てきたら子供達寝てるのもあったのか、盛ってただけなのかは分からないけど、服の中に手ぇ突っ込んでエロい事してた」
『……夫婦の営み邪魔しないで寝た方が良いんじゃ?』

 彼女の言葉に分かっているけれど、黒尾だって男なのだ。後輩の嫁に手を出そう等微塵もしないし、人の嫁に対して疚しい気持ちは抱かない。
 が、エロ本やアダルトビデオを見て興奮する様に、後輩であっても情事の声を聞いたらちょっと股間に来てしまうのだ。
 黒尾は正常な性欲を持つ人間なのだから。

 

「おっぱいの写真送って」
『本気で怒るからね』

 エロ写メなんて一度もした事ないけれど、まだ少しの間会えないのだからちょっと頼んでみたけれど、見事に一刀両断。

 

「俺もキスしたい、身体触りたい。あわよくば、したい」
『朝から盛るの本当に止めて、困る』
「こっちはこれから本番の深夜です」

 

 下らない時差ボケをかまされて、スマホの向こうから大き過ぎる溜息が帰ってくる。
 そもそもこんな風に仕事とは言え、世界中に飛び回っている自分を見捨てずに恋人でいてくれているのだから、彼女には本当に感謝しかない。

 

「ねぇ、日本帰ったら会いに行っていいよな?」
『それはいいよ。私も会いたいもの』
「キスしてもいい?」
『…………』
「おっぱいも触っていい?服の上からじゃなくて、直接」
『…………』
「そのままベッドの上でシてもいい?」

 

 酒が入っているのもあってついつい性的要求を始めたら、口が止まらなくなっていて、彼女からの返答がないのに黒尾はグズグズと話し続ける。

 

「後輩がねぇ〜〜、結婚はいい、子供はいい、って言うんだよぉ〜〜。でも本当にいいのか、入籍して三年は経ってる筈なのにめっちゃ新婚夫婦みたいだし、超イクメンしてて幸せそうにしてるんだよぉ〜〜」

 

 それに俺もなりたい、とは明確な言葉になっていないが、正直に羨ましくて憧れてしまったと告げてしまった。
 酒の力は恐ろしい。
 触りたい、触りたいと告げていると、彼女が折れたのか、やっと返事が返ってきたのだ。

 

『えっと……その……うーん、と…………まぁ、その触りたい、とそのシたい、に関しては前向きな検討だけはするから。何時までも電話越しで触りたい言ってこないで、恥ずかしいから』

 

 彼女の言葉に黒尾はパァっと表情を輝かせて伝えた。

 

「約束だからなっ!前向きな検討希望っ!」

 

 自分はこんなにも性欲に対してアピールする人間だったのだろうか、と思いつつも嬉しさで舞い上がってしまう。
 帰国が楽しみで仕方なくなる。

 

『……喜び過ぎ。あ、私もう時間だからまたね。無理だけはしないで』
「うんうんっ黒尾サン絶対に無理しないから〜。大好きだよぉ〜」

 

 酔っ払いに不可能はない、と好意を散々アピールし、上機嫌でリビングへとスキップしながら戻っていく。
 帰国すれば彼女とイチャイチャ出来るのだから、もう後輩夫婦がどれだけイチャイチャしていようが、平気だと入る。
 そして、ソファーに座っている後輩夫婦を見て固まる。

「あ、やっとトサカ先輩お風呂出てきた。先輩長風呂派?」
「黒尾さん、湯加減大丈夫でしたか」

 淡々と話しかけてきているのだが、目の前の夫婦は座ってはいるが、旦那は嫁の事を腕の中に抱きしめているし、嫁は旦那に抱きしめてられて座っている。
 そして、見間違えようがないのだが、旦那の腕は嫁の服の中に入っていて、誰がどう見ても胸を揉んでいる最中である。

 

「もぉー !! 」

 

 目の前で見せ付けられた前戯シーンに黒尾は床を叩きながら嘆いた。

 

「やっぱり俺も今すぐ揉みたいっ!触りたいっ!」

 

 黒尾の言葉にすぐに影山は言った。

 

「なっ!黒尾さん!朔夜の乳房は俺のモノです!絶対に朔夜に触らないで下さいっ!」
「違うからっ!俺が触りたいのは日本にいる恋人の事だからっ!」
「ねー、二人ともこんな時間に大きな声出さないでよー。勝成と早志が起きちゃうじゃん」

 

 他人の目の前で胸を直揉みされているのに、焦らない朔夜に黒尾は嘆く。

 

「百歩譲って酒飲んでる飛雄くんは良いとしよう!嫁ちゃんは飲んでないでしょ!シラフなんだから見られて恥ずかしがって!」

 

 黒尾が言うのだから、影山と朔夜は互いを見合ってから、黒尾を見た。
 そして影山が言う。

 

「まぁ朔夜は見世物じゃないんですけれど、俺はどうしても今朔夜の胸を揉まないと死ぬので」
「飛雄たんが死んじゃう言うから」
「嫁ちゃんそれ騙されてるだけだからっ!嫁の胸揉めなくて死ぬとかないからっ!」

 

 黒尾が言うと、朔夜は素早く影山の方に身体を拗らせて、顎を押し上げて言った。

 

「なんやって!飛雄たん心臓発作起こす言ったじゃん!」

 

 何でそんな嘘を信じたんだと、黒尾は嘆くのだった。


 

 


「ちょさかどうしたの〜?」
「とちゃかしくしくしてるー?」

 

 昼間、スマホを持って床に倒れて嘆いていると、双子が黒尾の元にきてぽんぽんと撫でてきたのだ。

 

「かーたんよぶ?」
「とーたんはばれーでいない」

 

 双子の会話を聞いて、黒尾は顔を手で覆いながら言う。

 

「オジサン、彼女に嫌われちゃったよぉ〜」
「きらわれ!」
「ちゃいへん!」

 

 双子は互いの顔を見合ってから、倒れている黒尾にガバッと抱きついて言うのだ。

 

「ちょさかなきゃないでぇ〜」
「とちゃかよしよし、かなちくないない」

「幼児の優しさが心に染み込むぅ〜〜」

 

 ガタイのいい男に幼児が二人抱きついている。それを見つけた朔夜は引き顔になりながら、黒尾の顔の所に転がっているスマホを拾い、失礼だと思いながら画面を見てみた。
 スマホの画面はLINEのトーク画面。
 アイコンと名前を見る所、昨晩言っていた彼女なのだろう、と最後の会話だけを見てみた。

 


『やっぱりエロ写メ送って』
『ブロックします』

 


「…………」

 

 黒尾の行動に、朔夜はナメクジを見るかの様な目で黒尾の事を見て、我が子に声をかける。

 

「二人共、そのオジサンからすぐに離れなさい」

 

 朔夜に言われた双子は黒尾から離れずに答えるのだ。

 

「ちょさかないない」
「とちゃかよしよし」
「そのオッサンが嘆いているのは自業自得だから。汚いから離れなさい」
「汚いはないでしょ!汚いは!」

 

 嘆きつつも叫んだ黒尾に双子は嬉しそうに言うのだ。

 

「げんきでちゃ」
「かーたんちゅごい」

 

 朔夜は仕方ないと思い、目の前の光景を動画に撮って、彼女のトーク画面に送っておくのだった。
(2022,5,12 飛原櫻)

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