疎との鳥 籠の禽
罰ゲームにキス
「なぁ」
「どうしたの?」
「俺ら、付き合いやしてからもう一ヶ月になるわな?」
「そうだね」
「やのにさ」
「?」
「未やに苗字呼びって寂しくあらへん?」
罰ゲームにキス
「そもそもさぁ、『宮くん』やって二人になるやんか」
侑の言葉に柚杏は困った顔をした。
柚杏の彼氏は高校男子バレー業界で有名な宮侑。高校生最強ツインズ、と呼ばれる様に宮侑と宮治の双子の兄弟だ。
確かに宮くん、は侑の事を指すが同時に治の事も指す。
付き合いだして侑はすぐに柚杏の事を名前で呼ぶ様になったけれど、柚杏は未だに苗字呼びのままである。
「やから、奥手ぇの柚杏ちゃんが俺の事、名前で呼べる様に考えてきよったんや」
「考えてきた?」
何をだろう?と小首を傾げる柚杏の姿が可愛い、と思いながら侑は言う。
「今から名前で呼ばへんで苗字で呼んやらな」
「う、うん」
「苗字で呼ぶ度にキスやるってゆう罰ゲーム!ええって思わへん?」
にっと笑って言った侑の事を暫く眺め、言っている事を理解した柚杏は耳まで真っ赤にして答えた。
「えぇ !? き、キス !? 」
「そーそー。これ位の罰ゲームやへんって、柚杏ちゃんの苗字呼び直らんやろ?」
「ちょ……ちょっと待って宮く……」
「ほら、一回目ぇ」
早速だと侑は柚杏の顎を掴んでチュッとキスをした。
キスする事は初めてではないが、柚杏は慣れないので毎回初めての様な反応を見てせくれる。
「ほらほら、もう始まってるんやから」
「あああのそのまだ心の準備が宮く……んっ」
また苗字で呼んでくるので言い切る前に、柚杏の唇を塞いでしまう。
触れるだけのキスだけれど、柚杏の唇は柔らかくて気持ち良い。
この唇にキスするのが侑は好きだった。
「……っ……み、やく……」
癖が抜けない柚杏はなかなか苗字呼びを止められなくて、口にする度にキスをされてしまう。
分かっているのに口からは『宮くん』が出てきてしまうのだ。
「俺、柚杏とむっちゃキス出来るからええけど、はよ名前で呼んで欲しいな」
「だから、ね……いきなりは……宮くん待って……」
紅潮した頬で訴える柚杏に深い方のキスをした。
口内に舌を入れ、柚杏の舌を絡み取る。
柚杏が逃げ出さない様にしっかりと肩と腰を抱きしめて、罰ゲームと理由を作ってキスをする理由を作るだけだった。
勿論、名前で呼ばれたいのも本音だが、彼女である柚杏ともっと恋人としてのスキンシップを侑はしたかったのだ。
「……んっ……ん……」
角度を変え、逃げようとする柚杏の舌を逃がさないと絡めとってディープなキスを堪能した。
舌を解放し、唇を離すと互いの唾液が糸を引き、酸素を求めて柚杏の呼吸は荒くなっていた。
キスでこんな顔をしてくれるとずっと見ていたいと思うのが、彼氏の本音だ。
「柚杏、まだ名前で呼んでくれへんのか?」
コツン、と額と額を合わせると潤んだ瞳の柚杏がゆっくりと言葉を発した。
「……み…………侑く、ん……」
「ちゃんって呼べるやん。これからは名前で呼んでぇな」
「う、うん………侑くん」
この様子だと、またすぐに苗字に戻るのは目に見えるが、今日はこれで満足しようと侑は思った。
そして、一つの事も思った。
「ふーかざわちゃん」
両手を広げながら柚杏の苗字を呼ぶ。
侑の意図が分かっていない柚杏に、唇を突き出してアピールしていると、分かったらしく、再び柚杏の顔が真っ赤になった。
「ほらほら、罰ゲームしてや」
「~~~~っ!」
バチン、と廊下に叩く音が響き渡ったのだった。
◆
「ツム、何やその紅葉痕」
部活の準備運動中、侑の右頬にくっきりと浮かぶ手形に治は引き気味の呆れ顔で尋ねた。
「愛の形やな~サム羨ましいーやろ?」
「さらさら、ただのアホやん」
スパッと切り捨てる治に侑は噛み付く様に言った。
「彼女がおらへん男の僻みは嫌やなぁ~」
「彼女に平手打ち食らう様な奴に僻む点がへん」
「負け惜しみしとるだけやろ」
「してへん」
ギャーギャーと喧嘩を始める二人に、ゆっくりと近付いてきた北が口を開く。
「侑?治?」
「「 すんまへんでした 」」
流石双子と言わんばかりの息ぴったりの返事を聞きながら北は言う。
「侑は変な事して深澤の事を困らせへん。マネージャー不在やって部が困るの分かっとるやな?」
「…………はい、調子乗ったんや」
「分かればええ」
離れていく北の背中を見ながら、柚杏にする罰ゲームも程々にしようと、体育館の入口に隠れている姿を見ながら侑は反省をした。
(2021,4,15 飛原櫻)