疎との鳥 籠の禽
ちよこれいと
「蛍ちゃんは忠君みたいに自主練しないの?」
「蛍ちゃん呼び止めて言ってるデショ」
ツン、と冷たい返答に頬を膨らませて、怒っているとアピールしたけれど、見事無視されてしまった。
月島蛍は家がお隣同士の幼馴染で、物心付いた時から一緒に遊んでいる。
月島はクールと言うと聞こえがいいが、実際はツンケンした冷めた性格をしているだけである。
「高校バレーって中学までと違うんだね」
「別に僕は変わらないから」
会話を続けようとしても、月島が完結させてしまって続かない。
昔からそうなので、慣れていると言えば慣れているのだが、それが今日は酷いのでムスッとしてしまう。
月島家は長身であり、兄の明光も長身で見上げる事が多かったが、気が付いたら月島の事も同じ様に見上げなければ顔が見えなくなっていた。
「蛍ちゃん付き合い悪い」
「何時もの事デショ」
「今日は一段と酷い」
「君が執拗いからデショ」
訴えてみても軽くあしらわれてしまい、月島の顔は見えない。
何時も一緒にいてくれる山口の存在がどれだけ大事なのかが、こう言う時に分かる。
気遣いできるし、場の空気を和ませてくれるし、同じ幼馴染として雲泥の差だった。
相手にして欲しいのに、年々月島は相手にしてくれなくなっている。
呼び方だって嫌がられていて、学校で呼んだりでもしたら絶対に無視されていた。
「蛍ちゃんどんどん冷たくなってきてる」
ボソリと呟いたので、その言葉は月島に届いていない。
でも、何か言われた事だけは幼馴染だからなのか、先を歩いていた月島が立ち止まり、こちらを見ていた。
「何で今日はそんなに不機嫌なの?山口がいないから?」
月島の問い掛けに、頬をこれ以上ない位に膨らませ、追い越してずんずんと歩く事にした。
冷めた性格をしているが、見捨てたりする性格ではない月島の声色が少し焦ったモノへと変わった。
「ちょっと……今日はどうしたの?」
「別になんでもないもん」
不貞腐れた声で歩き続けていると、昔よく月島と山口と三人で遊んでいた神社に続く階段が見えてきて、立ち止まった。
後を追ってきていた月島も神社への道に気が付き、止まって言った。
「昔よく山口と遊んでた所じゃん。すぐに山口蝉取ってくる所」
月島も覚えていたのか、と思いながら階段を見つめていると、ぽん、と頭に手を置かれて言う。
「ぐりこ」
長い階段で手軽に遊べる子供遊び。小学校の頃はよくやっていた、と改めて階段を見ると月島の手が出てきて言う。
「やる?」
「やだっ!蛍ちゃん頭良いから強いんだもん」
山口と三人でやっても何時も勝つのは月島。
駆け引きが重要なゲームなので、頭が良い月島は強かったのだ。
「二人でやったらすぐに終わるからやらないっ」
ぷいっとそっぽを向くと、月島は学ランのポケットから小さな包み紙を出した。
それがチョコレートの包み紙である事に気が付くと、パァっと目を輝かせて言う。
「チョコ!」
「勝ったらあげる」
にぃ、と笑う月島に再び頬を膨らませた。そうだ、月島はこう言う性格だったのだ。
「蛍ちゃん性格悪い」
「昔から」
ひょい、っと持ち上げられ階段の三段上に降ろされた。
そしてチョコレートをポケットに戻しながら、月島は言う。
「ジャンケン」
◆
「嫌い!やっぱり蛍ちゃんの一人勝ちじゃん!」
膝を抱えながら拗ねると階段を降りながら、月島は呆れ顔で言う。
「駆け引き下手にも程があるデショ。てかチョキに拘りすぎ」
「ちよこれいと、って言うのが好きなんだもんっ」
不貞腐れ顔で答えていると、月島は三段下で止まり言う。
「高さはこれ位かな」
「?」
なんの事だろうと月島の方を見ると立ち上がらせられた。そうしたら何時も見上げている月島と同じ目線の高さになったのだ。
じっと見つめられると恥ずかしくなり、目を逸らしてボソッと言う。
「…………蛍ちゃんは何時でも卑怯だ」
「はいはい」
カサカサっと包み紙を広げ、目の前で月島がチョコレートを口に入れた。
ほら、また目の前で見せ付けると思っていると、クイッと両手を引っ張られた。
バランスを崩して前のめりになるのと同時に、月島の唇と唇が重なり、口内にチョコレートの甘さが広がりコロンと入ってきた。
チョコレートを口移しされ、真っ赤な顔をしていると、月島は涼しそうな顔で階段を先に降りて行っていた。
「ほら、帰るよ」
「~~!」
口の中に入るチョコレートを飲み飲みながら、耳まで赤くして言う。
「蛍ちゃんのバカっ!」
馬鹿と言われ、振り返った月島は言う。
「好きなんでしょ?ちよこれいと」
「それと今のは全然別の話だもん!」
「はいはい、苦情は家で好きなだけ言えば?」
ゆっくりとした歩幅だが、先に行く月島の後を追い掛けて行くと手を握られて言われた。
「……チョコレート、まだ僕の部屋にあるから」
「…………っ !? 」
その一言の意味を理解して、顔が茹でダコの様に真っ赤になってしまった。
が、掴まれた手を振り払う事をしなかったし、チラッと見上げた月島の耳も赤くなっているのに気が付く。
そっと自分の唇に触れ、まだ甘い味が残っているのを確認して小さく呟いた。
「…………ちよこれいと、好き」
(2021,5,5 飛原櫻)