疎との鳥 籠の禽
無色少女
男の子は外で遊ぶモノだと誰が決めたのか。
そんなのは個々の性格であり、性別で一纏めにされたらたまったものではない。
「研磨、外で遊ばないのか?」
「遊ばない」
父親の言葉に即答して、買ってもらったゲームに視線を戻す。
俺は外で泥だらけになって遊ぶよりも、室内で静かにゲームをやっているのが好きな子供だった。
親も余りにもそのゲーム好きに困り果ててしまっていた。
かと言って与えたばかりのゲームを取り上げるのもおかしな話であり、お手上げ状態になっていたらしい。
そんなある日、母親が誰かと楽しそうに話をしていて、数日後に家に見知らぬ女性と女の子が来た。
話によると女性は母親の高校時代の親友で、旦那の転勤で数年ぶりにこの地に帰ってきた、らしい。
そして、久々の再会、となった。
「研磨。おばちゃんはね、お母さんのお友達でね、この子はおばちゃんの娘ちゃんで研磨の一歳下なんだって」
「そう……」
母親の手を握って離さないその姿を、目視して認識する。
俺の一つ下と言う事は四歳と言う事になる。
「引っ越してきたばかりだから、お友達もいないし、研磨お兄ちゃんだから仲良くしてあげてね」
母親の一言に眉間に皺を寄せた。
無色少女
「けーんーちゃーん!」
「あぁ、来たんだ」
「うん!研ちゃんはまた新しいゲーム?」
一つ下の幼馴染である彩香と出会ってから二年の歳月が過ぎた。
彩香は俺と違って人見知りが激しい訳ではなく、比較的スムーズに新しい環境に慣れていった。
ただ、彩香にはこれと言って何か興味を持つタイプではなく、周りがやっている事をやる、と言う無趣味タイプだった。
「新しいゲーム面白い?」
「うん、彩香もやる?」
「やる!」
彩香は俺のゲーム趣味の最初の理解者だった。
母親達が雑談に花を咲かせいる間は、俺の部屋でゲームをして過ごし、出掛け先でゲームソフトを物色しているのにも、付き合ってくれていた。
ただ、彩香はゲームが好き、と言う訳では無いので俺がやらない限りはやる事がない。
そして、彩香の家は近所では無く、二つ区が離れている事から、会うのは数ヶ月に一回程度。
会う度に俺が新しいゲームをやっていて、それを楽しそうにプレイしている。
まぁ、それで俺も良かったので彩香とは外で遊ぶ事もなく、のんびりと過ごしていた。
そんな過ごしやすい幸せな時間は、俺の家の隣に引っ越してきた奴によって崩される事となった。
◆
「研ちゃんその腕どーしたの !? 」
久しぶりに家に来た彩香は、真っ赤でブツブツになっている俺の両手を見て大声を上げていた。
「『ただの』内出血」
「内出血 !? なんで !? 」
心配そうな彩香に向かって、俺はボソボソと説明をしてやった。
「ちょっとバレーやって」
「研ちゃんバレリーナになるの?」
「踊る方じゃなくて、ボールの方」
俺の説明に、少し考えた彩香は身を乗り出して言う。
「研ちゃんスポーツやったの !? なんで !? 」
彩香の反応は真っ当であり、コントローラーをカチャカチャ動かしながら、正直に告げた。
「家の隣に引越して来た奴、俺の一つ上の奴なんだけど、そいつバレーやってたみたいでほぼ無理矢理みたいな形で誘われてやった」
「研ちゃんゲーム以外したがらないのに?」
「そうだよ、そうしたらこの腕」
ほぉ、っと俺の腕を見ながら感心する彩香に、眉間に皺を寄せながらに言う。
「何なの、その顔」
「その子、今日はいないの?」
マズイ、彩香が興味を持った。
そう思った時に、階段を上り部屋のドアが開く音がした。
「げっ」
「おっ?」
部屋の外から顔を覗かせたのは、バレーボールを持つクロ。
クロはすぐに彩香の姿を見て、人見知り激しい癖に食いつく様に尋ねてきたのだ。
「えっ?研磨の部屋に女の子?下にいた人の子供っ?」
彩香とクロは正直関わって欲しくないので、どう追い返そうかと考えている間に、クロは勝手に彩花に話し掛けている。
「俺隣の家の黒尾鉄朗。君は?」
「彩香。赤羽彩香。研ちゃんのおばちゃんと私のお母さん、親友なの」
「へぇ」
クロの問い掛けに答えながらも、彩香の視線はクロが持つバレーボールに注がれている。
マズイ、彩香がバレーに興味を持ち出した。
「クロっ!新しいゲーム買ったからさ……」
「明日の話、バレーしながらしようと思ってさ!」
最悪、だ。
彩香に一番聞かれたくない話をされてしまった。
クロの言葉に彩香は目を輝かせながらに、俺の事を見て言う。
「研ちゃん、明日何処行くの !? 」
「……………はぁ……最悪」
手から力が抜け、コントローラーがごとん、と床に落ちる音がした。
◆
「いっぱい人いる!ボール飛んでる!」
翌日、クロが行きたいと言った地域のバレー教室がやっている体育館に、彩香も着いてきていた。
出掛ける話を聞いた彩香はすぐに母親の所に飛んで行き、一緒に行きたいと騒いだ。
彩香が非常に興味を示している、と言う事で母親達は駄目とは言えずに、彩香も一緒に行く事になったのだった。
「研ちゃんは何やるの !? てっちゃんはどれやるのっ !? 」
興味津々に俺とクロの服を引っ張りながら尋ねる彩香に、俺は答えた。
「俺は付き添い。クロは……知らない」
クロの付き添いでレシーブをやっていると、ボールを打つ人達がいた。
あっちの方が格好良いと思っていると、俺達は背が低いからネットが高くて、スパイクは打てないと言われた。
でも、すぐに通りかかったオトナがネットを下げれば良いと言い、ネットを下げてもらってスパイク練習をさせてもらった。
その時のクロの表情は本当に嬉しそうであり、更に小さい彩香の為に下げたネットで、スパイクを打たせてもらった彩香も同じ顔をしていた。
この日からクロのバレー好きはウザくなり、同時に彩香もクロがいる時は好んでバレーをやる様になったのだった。
「研ちゃん、今日は何を観てるの?」
「クロに借りたバレーの試合のDVD」
「私も観る!」
俺の隣にちょこんと座った彩香に言う。
「彩香、バレー好き?」
「好き!」
「おばさんに聞いたけど、彩香の家の近くのチームに入ったの?」
「うん!」
にぱにぱと屈託ない笑顔で彩香は答えた。
その姿に何とも言えない気持ちになったのを、俺は言い出す事が出来なかった。
◆
「研ちゃん!てっちゃん!『烏野高校』どうだった !? 」
ゴールデンウィーク、昔音駒高校と付き合いが合ったと言う宮城にある烏野高校との練習試合をする為に、合宿に出掛けた。
そして帰ってくるや否、彩香が犬だったらはち切れんまで尻尾を振っていそうな姿で感想を求めてきたのだ。
「あーー、面白い奴らだったぞ」
「強い !? 」
「まだまだ弱いなぁ」
「てっちゃん強気だね!」
クロの言葉に彩香は烏野高校にも興味を持ちそうな勢いだった。
そんな彩香の姿と、烏野高校で出会った日向の姿が重なる。
そして、絶対に会わせたくないな、とクロと出会った時の事を思い出して思った。
他人に染まりやすい彩香は、絶対に日向と出会ったら影響を受けて染まるのが見える。
彩香は今でもクロが関わらなければ、俺のゲームに付き合ってくれている。
けれど、これ以上バレー好きと関わったら完全に染まる気がしならない。
彩香は無色でどんな色にも染まれる。
それが赤でも黒でも平気で。
大事なゲーム理解者である彩香がこれ以上、バレー色に染まって欲しくなくて本音が口から勝手に出た。
「全部クロの所為だ」
「えっ?帰宅早々突然のパンチなにっ?」
俺だけの無色少女だったのに、このままだと他の奴に染められそうで、それだけは嫌だと思いながら彩香に合宿の話をうまーく、して納得させた。
クロが口を挟まない様に睨み付けながら。
(2021,4,22 飛原櫻)