疎との鳥 籠の禽
恋愛相談箱 両片思い
「岩ちゃーーん!俺の話を聞いてよぉ!」
自分の机に伏せって泣き言を言う及川徹の旋毛を見ながら、岩泉一は青筋を立てていた。
恋愛相談箱
両片思い
「いや、聞かねぇぞ。俺の机から退け」
「岩ちゃん酷い!話聞いてよ!」
顔を上げる及川にチョップをかましながら、岩泉は落ち着いた様子で言う。
「そう言う時のお前は下らない事しか言わねぇから断るって言ってんだよ」
「俺の気持ちが伝わらないんだよぉ!」
「テメェ人の話聞いてるか?」
勝手に話出そうとするので、先手を掛けると及川は恨めしそうな顔で岩泉を見てくる。
そもそも相談内容を言われる前から、この及川の様子をみれば、なんの事なのか分かる。
ビジュアルから無駄に女の子受けが良い及川なのだが、性格からもどんな子にも良い顔をしようとする。
それによって無駄に同性に嫌われたり恨まれたりしているが、それは及川の自業自得である。
そして、その己の性格が災いしているのだった。
「俺が声掛けても軽くあしなわれるし、全然意識してもらえてない!」
「そりゃあ及川相手だからな」
「岩ちゃん酷い!」
くぐっと握り拳を作り、及川が勝手に話し出した。
「だってさぁ!向こうはバスケ部キャプテンだし、ベリーショートに高身長で男に見えなくもないし、顔の造りも悪くないから女の子にも人気だし!」
「僻みは醜いぞ」
「そうじゃなくてぇ!」
ダン!と机を叩くので、及川を一発殴って黙らせる。
ノックダウンしている及川に岩泉はハッキリと告げた。
「誰にでもチャラチャラしてる様な男なんて、相手にしないに決まってるだろうが」
岩泉の正論の塊の一言に、及川は瞬殺されるのだった。
◆
及川が余りにもウザイ為、岩泉は逃げる為に意味もなく校内を彷徨いていた所、聞き覚えのある声に立ち止まった。
「大丈夫?重いでしょ?持つよ」
この声は間違いない、と角を曲がると見慣れた姿を見付けた。
女子と言うには長身で百七十を越す身長に、短く切り揃えられている短髪。
女子の制服を着ていなかったら、後ろ姿では男に見えてしまう容姿だった。
「田嶋」
声を掛けるとパッと振り向き、岩泉を見て返事が返ってきた。
「はじめじゃん」
「ブラついてたらお前の声が聞こえてな」
何かをしようとしている事が会話から分かったので、岩泉は近付きながらに見る。
田嶋の傍には大量の荷物を持っている女生徒が一人。
一人で持つには確かに量があり、重そうな荷物だった。
「バスケ部の後輩の子。一人でこんなに持ってるから、代わりに運んで上げようかと思ってね」
「どうせ暇だし、今ちょっと教室に居たくねぇ理由もあるから付き合うぞ」
「いいの?悪いね」
話についていけずにいる女生徒から、荷物をヒョイっと取り、尋ねておく。
「何処に運ぶんだ?」
「あ……えと、社会科の備品室に……」
「分かった」
岩泉の話を聞きながら田嶋も残りの荷物を持ち、慣れた様子で言っていた。
「ちゃんとやっておくから。これからは一人で無茶したら駄目だからね」
「田嶋先輩ありがとうございますっ」
ペコペコと頭を下げる姿を見ながら、二人で荷物を運ぶ。
歩き慣れた廊下を歩きながら、岩泉は言う。
「お前も相変わらず良い奴してるな」
「そう?困った時はお互い様じゃん」
「そうだけど、お前も女子だろ?」
岩泉がそう言うと、田嶋は笑いながら返してくる。
「そんな事言うの、はじめ位だね。私身長あるし、バスケ部だから筋肉もあるからさ」
即答で言うので、岩泉は一瞬及川の事を考えたが、スルーをして田嶋の事を見た。
確かに田嶋は女の子ぉ、と言う容姿はしていない。
それに性格もサバサバしていて、面倒見も良く、岩泉も異性と言うよりも同性に近い感情を持って接している。
それを抜きとしても、小学校高学年からの顔見知りであり、友人付き合いが長いのだ。
その友人付き合いが長い、が及川の空回りに繋がってもいる。
準備室に着き、互いに身長が高いので、サクッと棚に荷物を戻せてしまう。
こう言う時に意味も無く甘えてくるのが女なのかもしれないが、田嶋にはそれはない。
自分で出来る事は自分でやる。
当たり前の事だが、それを自然体で出来る田嶋とは一緒にいて岩泉は楽であった。
「そう言えば及川と一緒にいないんだ」
「ワンセット扱い止めろ」
「あはは」
ガラガラっとドアを閉めて鍵を掛けていると、後ろから大きな声が聞こえて振り返ると噂の男の姿。
岩泉を指差し、大声で言った。
「あーー!何で岩ちゃん一緒に居るの !? 」
「偶然」
「後輩の荷物運び手伝ってもらった所だから」
スパンと即答すると、及川は悔しそうな顔で言うのだ。
「田嶋ちゃん女の子なんだから、岩ちゃん一人に運ばせればいいじゃん!」
「いや、私の後輩だから」
田嶋の言葉は正論過ぎてぐうの音も出ない。
そこに畳み掛ける様に言うのだ。
「そもそも私は『荷物を運べない』様な女子じゃないし」
「そう言う卑下良くないと思いますぅー!」
「卑下じゃなくて事実」
即答され、言葉に詰まっている及川の姿を田嶋は本気で不思議そうに見ながら、時計に目をやり言った。
「はじめ、付き合ってくれてありがとう。私部活の用あるから」
「おう、気にするなっ」
足早に去っていく姿に手を振ってから、岩泉は及川に言う。
「ワンセットにされるから、休み時間まで俺の近くにいるな」
「一緒にいるのも名前呼びされるのも、岩ちゃんばっかりで狡いぃー!」
「うるせぇぞ、クソ川」
騒ぐ及川に一発、岩泉は蹴りを入れて歩き出す。
ここまで岩泉がドライな反応するのには、実は理由があるのだが……。
◆
「素直になれないんだけど、どうしたらいいっ !? 」
放課後、用事を済ませた所、田嶋と鉢合わせたので歩いているとそう言われた。
「女の子扱いとか慣れてないし、そもそも及川の隣は可愛い子で溢れ返ってて私みたいなのは、何処をどう見ても運動部の部長繋がりにしかならないっ!」
「そーだな」
確かに及川と田嶋が一緒に並んでいると、絵にはなるが田嶋が制服でなかったら、うっかり男二人に見えなく無い。
女子に人気の二人が並んだら絵面が良さそうだなぁ、と岩泉は青空を見ながら思っていた。
そう、岩泉がこの二人に関する恋愛事情を真面目に相手にしない理由はこれだった。
及川も田嶋も互いに好きな癖に、相手の気持ちにまるで気が付かない『両片思い』をしているのだ。
で、それを二人とも何故か岩泉に相談してくる。
岩泉は鎹になったつもりはないし、なるつもりもない。
そもそも何が悲しくて、付き合い長い二人の橋渡しにならなければならないのか。
似た者同士なのだし、さっさと付き合うなりなんなりしろと思う。
が、それよりも岩泉は言いたい事がある。
「お前ら一々俺に言うな!面倒くせぇ!」
鎹にならない限り、岩泉一の恋愛相談箱が終わらない事を、岩泉が気が付くのは三ヶ月後となる。
(2021,4,29 飛原櫻)