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四話

 

 

「あぁ、もうすぐ着くから」

 仕事を終え、黒尾と合流した影山は帰路を進みながら朔夜に連絡を入れ終えた。
 そんな影山の姿を見ながら、黒尾は感嘆の溜息を漏らした。

「黒尾さん、どうかしましたか?」
「いやぁ〜〜、改めてあの烏野のお子様カップルが今や子持ち夫婦になってるんだなぁ、って」
「お子様カップル……」

 黒尾の言葉に眉間に皺を寄せる影山だったが、黒尾は九年前の事を思い出しながらに言う。

「だってそうでしょ?君ら当時キスも禁止の純情カップルだったじゃん。ピュアにラブラブしてたから、木兎に彼女ちゃん口説かれてたじゃん」
「アレは本当に口説かれていたのかどうか……」

 朔夜は一度、木兎に彼女になって、と頼まれて全力で断った過去を持っている。
 そもそもあの時の木兎だって本気で朔夜の事が好きだったのではなく、朔夜と影山を見て彼女が欲しいと騒いだ木兎がマネージャー陣全員に断られた結果、朔夜に彼女になってと嘆いただけである。

「それから……」
「ん?」

 影山は勘違いされたくないと、真顔で黒尾に言うのだった。

「俺は当時から朔夜に手を出したかったんですけれど、朔夜の許可が降りなかっただけです。別にピュアじゃないです」
「…………いやぁ、その主張必要だった?てか言ってて恥ずかしくならないの?」
「俺、かなり周りから高校時代に朔夜に一切手を出してなかった事に関して、度胸なしやら童貞やらずっと言われていたので、童貞は事実ですけれど、度胸なしじゃないのだけは訂正しておこうと思って」
「……苦労してたんだね、飛雄クン」
「うす」

 深く頷いた影山の姿に、黒尾は高校時代の朔夜と影山の姿を思い出していた。
 見た目は本当に健全な付き合いをしている様にしか見えなかったのだが、朔夜は兎も角影山はあの無表情でいて、実は頭の中がピンクだったのが何とも言えない気持ちになってしまった。

(まぁ……高校生男子が本当に彼女に対して、エロい事考えない訳ないよなぁ……)

 自分だって隠れてエロ本読んだりしていたし、影山も同じだったのかと思うと親近感が少し沸いた。
 バレーボールと彼女にしか興味のない、天才で遠い存在だったが、途端に何処にでもいる様な身近な存在に思えた位である。

「でも本当にいきなり泊めてくれて助かっちゃったわ。このイベントの為にあっちこっち飛んでる状態だから、結構経費かかってるんだよねぇ」
「それだけ本気で実現させたい企画って事ですよね。俺はそう言う仕事した事ないですし、出来ないと思うので黒尾さん尊敬してます」

 淡々と答えた影山に対し、黒尾はジーンと胸が熱くなった。自分の思いが無駄になっていなく、同時に苦労を理解してもらえたからだ。

「いやぁ、本当に飛雄クン大人になったね」
「はぁ?そりゃあ今年で二十五になりますので」
「いやもう本当に赤点取ってきてた補習受けて合宿遅刻した学生時代、考えられない位に大人になってるよ」
「……その話はしないで下さい」

 影山にも黒歴史と呼べる思い出があるのかと、笑っている間に影山家に到着をした。
 海外でよく見る同じ作りの家が何件も並ぶ住宅街の二階建ての一軒家。借家でも一軒家で一応四人家族を養っている大黒柱なんだな、と住居を見上げながら黒尾は考えいた。

「ウチここです。空き部屋と言うか客間として使ってる部屋が多分黒尾さんが泊まる部屋になると思うので、二階になります」
「おお、本当に悪いな。子供部屋と夫婦の部屋と、って感じ?」

 間取りを尋ねると影山はビタっと立ち止まって、ボソボソと答えた。

「……ウチは朔夜の仕事部屋と朔夜とてまりの部屋、俺の部屋と子供達の部屋で夫婦の部屋はないです」
「……ごめんな、夫婦部屋当然だと思って」

 影山の声色から、本当は夫婦の部屋が欲しかったのだけれど、それが叶わなかったのだな、と黒尾は悟って謝った。

「まぁ呼べば朔夜来てくれますけど、子供産まれてからは基本的に子供達の部屋か自室かどっちかですけど」
「子育て大変だなー」

 黒尾も何時か自分も影山と同じ様な悩みを抱える日が来るのか、と他人事だけれど他人事ではないと考えていた。
 その点でも、年下で後輩であった影山が自分よりも経験の多い、人生の先輩に見えてしまうのに変な感じになってしまっていた。バレー馬鹿の可愛いお子様後輩だったのに、と。
 ガチャリと鍵を回し、ドアを開けて影山は室内へ入って言う。

「ただいま。帰ってきた」
「お邪魔しますぅ〜」

 控えめに玄関に入るとやはり日本人なのか、靴を脱ぐ習慣の環境が作られていた。

 靴箱があり、玄関マットの先にスリッパが準備されていて、黒尾滞在を影山家が歓迎してくれていた。

「とーたんだ!」
「かえってきちゃ!」

 いい匂いがする部屋の奥から子供の声がするのと同時に、パタパタと走る足音が玄関へと向かってきた。

「走ると転ぶから止めなさいよ〜」

 そしてすぐに聞こえてきた朔夜の声。
 廊下の奥からテテっと走ってきた子供達の姿に、黒尾は子供達は本当に実在していたのだな、と実感していた。
 声は聞いていても姿を見ていなかったので、どこかしっくりきていなかったのだ。
 父親である影山が帰ってきたのだと出てきた二人は、影山の後ろに立つ黒尾の姿を見て、ビタっと止まった。

「ど、ドーモ。こんばんはぁ」

 流石に初対面の見ず知らずの大人がいたら警戒するか、と出来る限りの笑顔を作って手を振ると、子供達の顔が輝いた。

「にほんごっ!」
「にほんっ!」

 走り飛びつく相手を影山から黒尾へ変えたらしく、黒尾へ向かって爆走してくるので黒尾は大慌てで言う。

「いやいやちょっと待って !! 俺流石にこんなに小さい子供の相手してないから、走られたら怖い怖い!」

 黒尾が慌てるのだから、影山は子供達に言う。


「勝成、早志、走るな」


 怒ってはいないが淡々とした口調。やっぱりそこは父親なのか。
 影山の声で二人はピタッと止まった。
 一歳児に走り飛びつかれ様として転ばれたりでもしたら、と思っていた黒尾はホッと胸を撫で下ろしていた。

「お帰り〜。トサカ先輩もお久しぶりです」

 パタパタと後を追うように出てきた朔夜の姿に、黒尾は手を振った。
 影山が日本にいる間も正面から朔夜と仕事で関わる事がなく、卒業以来、ちゃんと会うのは九年ぶりだった。
 自分はそんなに大きく見た目が変わった自覚はないし、年相応に成人男性になった事以外変わっていないと思っている。
 だが一方の朔夜は違った。母親になった少女はこんなにも変わるのか、とショートカットになっている髪型は勿論であるが、気が付かれない程度に朔夜の身体。
 特に乳房を見て、黒尾は影山に尋ねた。

「飛雄クン、君、実は胸大きいの好きだったの、ネタじゃなくてガチだったんでしょ?」
「…………朔夜の事を如何わしい目で見ないで下さい」

 影山は影山でガチで殺意を出しているのだから、黒尾は慌てて弁解をした。

「見てない見てない!人妻に手を出す趣味ないし、そもそも君達俺にとって後輩だからねっ !? 」

 弁解しても疑いの眼差しを止めない影山に、止まっていた二人は我慢の限界を迎えたらしくて口を開いた。

「とーたん」
「にほんご」

 二人の声を聞き、一瞬にして影山から殺意が消えて、黒尾は安堵していた。

(夫婦になっても、学生の時と同じで独占欲現在か……)

 影山に朔夜絡みで煽るのは駄目だと改めて理解し、黒尾は笑顔で挨拶をした。

「ドーモ、初めまして。今日電話でお話したオジサンだよ。お父さんとお母さんの先輩で、今は日本でバレーボール普及させるお仕事してるんだ」

 幼児には理解しきれないのを分かった上での自己紹介。
 双子にとって重要なのは会話の内容を理解する事ではなく、日本語で話し掛ける事だからだ。

「黒尾鉄朗さんだ。二人共挨拶するんだぞ」
「そう、あいさちゅ」
「かつ、あいちゃつ」

 影山に言われ、二人で話をして元気よく手を上げて二人は言う。

「はじめまして!かちゅなりです!」
「はじめまちて!そうしです!」
「元気だなぁ〜」

 子供の反応を見る限り、間違いなく母親似であると黒尾は確信した。
 人懐っこいと言うか人見知りをしないで、コミュニケーション能力が高そうな姿は、母親そっくりである。

「なにちにきたっ?」
「ごはんっ?」

 影山の足元に来てズボンを掴みながら尋ねてくるので、頭を撫でながら影山は黒尾を見て言う。

「仕事でこっちに来てて、帰るまでウチに泊まる」

 影山の言葉に二人は目を輝かせて、黒尾の足元で飛び跳ねながらに口々に言う。

「にほんおきゃくさまっ?」
「にほんおちょまりっ?」

 身長がある所為で、無駄に足元に小さな子供がいると蹴り飛ばしたりしないか怖くなる。
 特にまだ二歳にもならない乳幼児である。歩く為の動きだけで飛ばしてしまいそうで、黒尾は動けなくなってしまう。

「勝成、早志。足元ウロウロしてたら黒尾さんが歩けないだろう」

 影山に言われて互いに見合うと、黒尾の事を見上げて二人は尋ねてくる。

「にほんあるけにゃい?」
「にほんむずゅかちい?」

 首を全く同じタイミングで捻るのだから、本当に双子なのだと笑みが出てきてしまう。

「オジサンはお父さんみたいに二人と一緒に歩くのは難しいかなぁ〜?」

 黒尾に説明をされると、二人は目を輝かせながらに影山の足に抱きついて黒尾に見せてきた。

「とーたん、これでもあるけりゅ!」
「かーたんのちょこまで!」
「そりゃあすげぇな」

 黒尾が言うと本当に影山は両足に子供にしがみつかれたまま、全く歩く歩幅を変えずに朔夜の元へと行くのだった。
 帰り道の会話からも影山は朔夜の事が好きで仕方がなく、子供が出来てもそれは変わらないのかと見ていると影山が朔夜に向かって前屈みしているのだった。

「んん?」

 かなり身長差のある夫婦なので、影山が前屈みになるのは分かるが、今何をしているのかと見ていると朔夜が言うのだ。

「えー?トサカ先輩いるよぉ?」

 黒尾がいると問題のある事。そう言う朔夜に向かって影山は強めの口調で言い切っていた。

「行ってきますとお帰りのキスは絶対だろうがっ」
「そうだけどぉ〜」

 二人の会話を聞き、素早く黒尾はツッコミを入れてしまった。

「嘘ぉ!毎日キスしてんのっ !? 子供いる前で?」

 黒尾の慌てる姿に不思議そうにしたのは子供である勝成と早志だった。
 首を傾げながら互いを見て、影山の足から飛び降りると黒尾の元へと駆け寄ってきて言ったのだ。

「とーたんとかーたん、なかよち」
「とちゃかにはそうとかつがちゅーしてあげる」
「えぇえー !? 」

 状況に付いていけていない間に影山は本当に朔夜にキスをしているし、子供達はしゃがめしゃがめと飛び跳ねている。
 影山家の常識が分からないまま、黒尾はしゃがみ込んだ。しゃがむと勝成と早志に頬にキスをされた。
 流石生まれも育ちもイタリアの子供達で挨拶としてのキスを覚えている様だった。

「とーたんも!」
「とーたんちゅー!」

 黒尾から離れていき、影山の元へ走っていく双子は黒尾にしたのと同じ事を影山にしていた。
 頬へのキスは本当にスキンシップの様だ。

「はは……すげぇな…………」

 余りにも高校時代からこんな風に変わるなんて想像も付かなかった為に、黒尾が乾いた笑い声を出していると朔夜は改めて言うのだった。

「改めて影山家にようこそいらっしゃいませ、トサカ先輩」

 熱烈な歓迎を受けたな、と黒尾は持っている鞄をついつい落としそうになってしまうのだった。
(2022,7,27 飛原櫻)

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