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三話

 

 

ぷるるるる


 昼下がり、子供達がお昼寝タイムに入ったので素早く家事を片付けていたら、スマホが鳴った。
 電話なんて珍しいな、と思いながら手を拭いてスマホを手に取ると相手は影山。益々珍しいと思いながら画面を触り、スピーカーモードにして話しかけた。

「飛雄たん、どしたのー?」

 声を掛けながら洗濯物を取り込まなければと動いていると、影山の返事が返ってきた。

『朔夜。今平気か?』
「うん。二人共お昼寝タイムだから大丈夫」

 影山の問い掛けに用事でも出来たのかと、思っていた所、スマホの向こうから聞きなれた日本語が聞こえてきたのだ。

『いやぁ、相変わらずの愛妻っぷりだねぇ。妬けるなぁ』
「およ?日本語?そして、どっかで聞いた事ある声だ、だーれーだぁー?」

 手を止めて声の主を思い出そうとする。聞いて即相手が出て来なかったと言う事は、深い仲ではないと言う事になる。
 けれど、影山と一緒にいて朔夜の事を把握している、と言う事は知り合いである。

『ああ、今……』
「言っちゃ駄目っ!自分で当てたいから!」
『……好きにしろ』

 スマホ越しに影山の溜息が聞こえたけれど、気にせずに声の主を思い出そうと記憶を漁る。
 なんとなーく緩い感じで、ちょっと煽る様な物言いをするのは……。

「分かった!トサカ先輩だ!えー!何でイタリアにいるのー?何企んでるのー?」

 日本バレー協会に在籍している黒尾が影山と一緒に居る。
 社会人である黒尾が個人のバカンスでイタリアへ来ても別におかしくはない。が、バカンスで仕事中の影山の所に行く訳がない。
 と、言う事は黒尾は仕事でイタリアへ来ていて、更に目的が影山で会いに来ているのだ。

『企んでる、って言い方酷いなぁ。まぁ確かにちょっとしたイベント企画しようとしてて、お宅の旦那君に声掛けに来たんだけどねぇ〜』

 イベント、企画、声掛け。
 面白い予感しかしない単語に朔夜が反応しない訳がない。
 完全に家事をする手を止め、会話で子供達が起きてきていないかを確認し、スピーカーを止めてスマホを耳に宛てて尋ねた。

「日本で何時何をやるんですかー?それで飛雄たんは日本行くの?」

 朔夜の言葉に、黒尾の声のトーンが確かに上がった。その反応に恐らく朔夜の許可が必要だったのだと悟った。
 その為の電話だったのだ。

『来年の八月十四日に日本で国、所属チームの垣根を越えたスペシャルマッチを開催するらしい』
「うんうんっ」
『で、黒尾さんの話だと俺が出た場合に、チームにヨッフェ選手がほぼ確定で居るらしい』
「へぇ〜。なんだっけ?木兎さん達がいるブラックジャッカルに加入した大っきい人、だっけ?」
『参加したら……』
「どうせ二メートル越えの選手の打点高い、って言われたんでしょ?」

 影山の言葉を遮って言い切ると、返事が返って来ないのでドンピシャだったらしい。
 すぐにセッターとして釣られるんだからなぁ、と呆れつつもそれが影山なのだしと話を続けた。


「それで、来年の八月十四日前後に日本一人で行くの?」


 影山が一人で行くと言うとは思えないが、もしかしたら移動等の費用は日本バレー協会が出すのかもしれないので、確認で尋ねた。
 すると電話越しなのを忘れていると言わんばかりの声量が返ってきた。

『一人で行く訳ないだろっ !? 朔夜も勝成も早志も一緒だ!』

 キーン、と耳鳴りがしたので少しスマホを耳から離し、落ち着いたら戻して言う。

「もー、電話越しで大声出さないでよぉ」
『す、すまん……』

 影山の言葉の後に、改めて確認する様に黒尾の声が来た。

『と、言う影山選手の要望がありましてね。奥様のご意見を伺わせて頂こうかと電話しまして。まぁ今年のオリンピックで日本に帰国したばっかりなのに、また日本行くの大丈夫ですかねぇ?お宅の旦那さん、君達家族の事を置いては行きたくない言っててねぇ』
『黒尾さん !! 』
『俺、事実しか言ってないから』

 電話越しでも影山が照れているのが分かったが、取り敢えずの要件は把握出来た。
 と、なると最終的な決定権は勿論影山にあるのだが、子供達の意見で決まる。

「ちょっと待ってもらっても良いー?二人共寝てるんだけど……って話をしたら起きてきた」

 話し声で目が覚めてしまったのか、目を擦りながらお互いの手を握りあって勝成と早志が歩いてきていた。

「……かーたん」
「……とーたんのこえ、した」

 どうやら影山の声が聞こえた事で帰ってきたと勘違いをして、目が覚めたらしい。
 二人の所に行き、再びスマホのスピーカーをオンにして朔夜は話をした。

「今ね、とーちゃんの所に日本のバレーの人が来ててね、勝成と早志にお話したい事があるんだって」
「とーたん、いない?」
「おはなし……?」

 ゆっくりとだが頭が覚醒してきたらしい様子を確認して、朔夜は黒尾に声を掛けた。

「トサカ先輩どーぞ」
『トサカ先輩はさぁ……あー、オホン』

 咳払いをした黒尾が日本語を話している事に気が付き、勝成と早志は一瞬にして目が覚めたらしい。
 興味津々にスマホに食い付いて言い始めた。

「にほんご!」
「とーたんとかーたんじゃない!」
『日本語ってだけで滅茶苦茶食い付いてきたなぁ……』

 生まれも育ちもイタリアである二人にとって、親の生まれ故郷である日本は憧れがあるらしい。
 影山と朔夜と家にいる時は日本語だが、外に出たらイタリア語しかない。
 オリンピックで初めて日本の地に戻り、日本語を話す大人に囲まれたあの短期間は、二人にとって今までで一番楽しかった思い出となっていた。
 その日本語を話す他人が今影山と一緒にいる。それにソワソワしている様だった。

『えーっと……勝成くん、と早志くん、だったかな?』
「「 うんっ! 」」

 日本語日本語、とテンションが上がる二人を見守りつつ、お話を聞く様にとスマホの画面をトントンと叩く。

『二人は日本が好きなのかな?』

 黒尾がそう尋ねると、勝成と早志は互いの顔を見てから食い付いて答えた。

「ちゅきー!」
「じーじとばーばあった!」
「ぼくちょさんとあそんだ!」
「あちゅむシロモかってくれた!」
『おうおうっ!二人が日本大好きなのが、オジサンに凄い伝わってきたわー』

 黒尾の返事を聞くと勝成も早志も嬉しそうにスマホの画面を見ていた。

『あー、えっと……今すぐに、じゃないけれどね、また日本にお父さんのお仕事で行けるってなったら二人は行きたいかな?』

 黒尾の問い掛けにピタッと二人は止まった。
 一歳児にはすぐには理解出来なかった様だが、少しして理解が出来たらしい。
 二人はバタバタと暴れながら、朔夜の腕に抱きついて尋ねてきた。

「かーたん!にほん!」
「かーたん!ぼくちょさん!」
「うっちーは !? 」

 ワーワーと騒ぐ声を聞いて、黒尾は木兎と牛島の名前を口にしていると瞬時に理解し、答えてくれたのだった。

『木兎選手と牛島選手参加するよ〜。牛島選手はお父さんが参加してくれるのを凄い楽しみにしてたねぇ。きっと勝成くんと早志くんと会いたいんだろうね』

 黒尾の言葉に益々二人が興奮していくのだから、朔夜は落ち着く様に二人の背中を叩きながら答えを返した。

「影山家、是非来年の八月に日本に行きたいです」

 朔夜の返答にスマホの向こうから、影山のホッとした声が聞こえていた。子供達が小さいから断られるかもしれないと心配していたらしい。
 勝成と早志はと言えば、スマホに食い付いて尋ねている。

「にほんあちた !? 」
「とーたんいついく !? 」

 キャーキャーしている二人はもう興奮で寝ないな、と朔夜は溜息を着いた。
 ギリギリまで隠していた方が良かったのかもしれないが、影山は影山ですぐに顔に出るタイプだからすぐにバレるに決まっている。
 それに早めに言って心の準備をさせた方が、頭の良い二人には向いていると朔夜は理解しているのだ。
 まぁでも、流石に半年も先となると子供には我慢出来る期間ではないのだが。


『来年だ、来年』


 スマホから聞こえてきた影山の声に、二人は首を傾げて朔夜に尋ねた。

「らいねん、ってあちた?」
「らいねん、ってなに?」

 相変わらず子供に対して説明下手過ぎるなぁ、と思っていると黒尾が言ってくれた。

『来年、はちょっと先だねぇ』
「さき?」
「なんかいねたららいねん?」

 ジーッとスマホを見つめて返事を待つので、黒尾の言葉の方が良いだろうと朔夜は黙って見守る事にした。

『二人は今何歳かな?』
「いっちゃい!」
「ななかげちゅ!」
『おうおう、一歳児とは思えない頭の良さだな。んと、来年はね二人が二歳になってからだよ』
「にちゃい」
「まだいっちゃい」

 二人なりに一歳と二歳には大きな違いがあって、時間が掛かると言う事が分かったらしい。
 じっと朔夜の事を見ていると、続ける様に黒尾の声が話をしてきた。

『二人が毎日いっぱい寝て、サンタさんにプレゼント貰って、暑くなってきたら日本に行けるよ』

 黒尾の言葉を理解したのか、二人はベランダへ走っていって外を見て互いに話していた。

「あちゅくない」
「ちゃむいね」

 二人の様子を見て朔夜は黒尾と影山に伝えた。

「取り敢えず二人共来年が先だって理解したよ」
『いやぁ、余りにも話通じるから一歳とか言われて本当にビビったわ』
「父親に似ているのか、変に頭良いし滑舌も良いんですよ、ウチの子達」
『じゃあ影山選手は正式に参加決定っと……』

 黒尾がメモを取っているのを感じながら、外をまだ見ている二人を見て朔夜は尋ねた。

「そー言えばトサカ先輩」
『トサカ先輩じゃなくて黒尾先輩ね』

 訂正されたけれど、朔夜はスルーして話を続けるのだった。

「トサカ先輩今日は何処に泊まるんですか?」
『ん?宿泊先?そうだなぁ……影山選手もすんなりと交渉成立したし、他の国回ったりもするから長居元々出来ない予定で明後日帰国でチケット取ってきてたから、空港近くのビジホにでも泊まろうと思ってるよ』


「トサカ先輩、ウチに泊まりに来てオッケーですよ」


 サラリと告げると、スマホの向こうから何も声が聞こえなくなった。
 朔夜が黒尾を誘ったと言う事実が衝撃的過ぎたのだろう。
 一分程無言が続き、電話越しでも分かる位の焦った声が聞こてえてきた。

『朔夜どうしたっ !? 疲れてるのかっ !? 』
『彼女ちゃんどうしちゃったの !? あ、彼女じゃなくて奥さんだった !! えっ?今は何て呼ぶのが正解になってんのっ?』

 清々しい程に予想出来ていた反応だと思いながら、朔夜は淡々と告げた。

「いや、私的には別にトサカ先輩来てくれなくても全然良いんですけど」
『それはそれで酷くないっ !? 泣くよっ?黒尾さん泣いちゃうよっ !? 』
「日本人が来たらあの子達が喜ぶ」

 朔夜がそう言うと、スマホの向こうの二人も理解したのか、ピタリと止まったらしい。
 少ししてから影山の声が聞こえてきた。

『勝成と早志は?』
「来年を探してベランダから外見てるよ」
『えー、彼女ちゃん。お邪魔しちゃって本当にダイジョウブ?』
「スン」
『電話越しにスン顔された !! 』
「お客様は基本的に何時でもウエルカムなのが、影山家なので大丈夫ですよ、スン」

 朔夜にとっての優先事項は勝成と早志の息子達と、愛犬てまりとなる。
 てまりとしても久々の日本人の来客は言葉も分かるので、喜ぶと判断した。

「服は最悪飛雄たんの使えば大丈夫ですし。ウチ私の希望で浴槽あるから、ゆっくりお風呂入れますよ〜。犬も遊んでくれますよぉ〜」
『ま、まぁそっちが良いならばこちらとしては大歓迎だけど……』
「日本にすぐに行けない分、日本人に会える位はしてあげてもいいかな、って言う親心も少し」

 可愛い我が子に半年も先の話をして期待をさせた分、日本に関わりのある人間を合わせてやりたいと言うのが朔夜の願い。
 黒尾も仕事とは言え影山を誘っている身であるし、知り合いの子供とは言えバレーボールの人口を少しでも増やせるキッカケになれば、と口を開いた。

『じゃあ宿泊お願いしようとするか』
「トサカ先輩、食べられないモノとかあります?」
『ある程度は食べられるから大丈夫。イタリア料理とかちょっと期待しちゃうかも』
「じゃあ日本食作ろ」
『酷っ !! 』

 よいしょ、と立ち上がり朔夜は子供達に聞こえない様に話を続けた。

「じゃあ帰ってくる時に連絡くれると助かる〜」
『分かった。俺は今からチームの方に戻る』
『俺は本社の方にメールで連絡入れたり、次の予定組んだりするから、影山選手後で待ち合わせ出来る?』
『はい、大丈夫です』
「んじゃ、後でねぇ〜」

 トン、と画面を触って通話を終わらせた。
 さて、急遽客人を誘ったので急いで家を片付けて、夕食の準備をしなければならない。
 それと同時に子供達にはこれ以上興奮しない為に、来客には気が付かれない様にしなければいけない。

「さぁて、準備しますかぁ」

 未だに窓の外に『来年』を探している二人に、風邪を引かれては困るので朔夜は声を掛けるのだった。
(2022,4,30 飛原櫻)

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