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二話

 

 

「んじゃあ行ってくる」
「うん、気を付けてね〜」

 身支度を整え、玄関まで見送りに来てくれた朔夜の事を影山は見下ろした。
 そして少し伸びてきたな、と毛先を触って朔夜の髪の毛を確認してしまう。

「ん?まだ髪の毛は本格的に伸ばさないよー?子供達に絡んだりしたら怖いもん」
「分かってる。それより……」
「ん?」

 髪の毛を触っている手から顔へと視線を移すと、キスを求めてきている影山の顔があった。
 イタリアへ来てからは、自然と出掛ける時と帰って来た時にキスをする習慣が出来ていた。
 純日本人の癖に欧米人にでもなったつもりなのかと最初は思っていたけれど、単なる影山の甘えだとすぐに理解した。
 まぁここは日本じゃなくてイタリアであり、ハグ等の友愛表現も当たり前だったので、朔夜も深く考える事は止めた。
 また、キス位は子供達に見せても問題ないと、隣人のジュリアに教えてもらったので隠れてするとかはしていない。

「はいはい。飛雄たん、背高いから屈んでくれないと出来ないよ」
「ん」

 前屈みになってきた影山の唇に朔夜は自分の唇を重ねた。挨拶のキスなのだからすぐに離れると、今度は影山からキスをしてくる。
 キスが好きな影山なので、本当に触れるだけの一瞬のキスでは満足出来ないらしい。
 長めのキスをしていると、背後からパタパタと言う足音と共に声が聞こえてきた。

「かーたんずるい!」
「おみおくりする!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねる姿を見て、やっぱり我が子は可愛くて愛しいと影山は思った。
 朔夜とキスをしていたいが、子供達の気持ちも嬉しいので屈み込む様に膝を付く。
 影山の顔が近くに来てくれたのが本当に嬉しいらしく、勝成も早志の目も輝いていた。
 右頬を勝成が、左頬を早志がチュッとキスをしてくれた。

「とーたんいってらっしゃい!」
「とーたんかえってきたらぼーるする!」

 父親で遊んでくる子達であるが、やはり父親である影山の事が好きであり、同時にバレーボールも好きである。
 二人の事をギュッと抱きしめて影山は言う。

「父さん帰ってくるまで母さんに孤爪さん、ジュリアさんの事困らせるんじゃないぞ?帰ってきたらバレーやるの約束な」
「「 うんっ! 」」

 ギューッと抱きついてくるのだから離れるのが名残惜しいと思いつつ、バレーボールは影山の生き甲斐であるのと同時に家族を養う為の仕事であるのだから、と出掛けていくのだった。





 影山が出掛けて行ったのを見送ると、勝成は朔夜のスカートを掴んで尋ねてきた。

「とーたんいつかえってくる?」

 父親っ子で可愛い事を言うなぁ、と朔夜はしゃがんで頭を撫でて答えた。

「とーちゃん今出掛けたばっかりでしょ?帰ってくるのはお外が暗くなって、お月様が上に来る位かなぁ」

 それまでは三人でお留守番だよ、と言ってから時計に目をやって朔夜は言った。

「あ、もうコヅケンの配信始まっちゃってるや。今日は十七時から、って言ってたっけ」

 遅刻遅刻、と朔夜は勝成と早志を連れてパソコンルームへと移動をした。
 影山は機械に強くないしパソコンにも興味がないけれど、朔夜はゲームもするし絵も描くし、翻訳作業をするので一応仕事部屋として用意してある。
 最近はもっぱら子供達がコヅケンと遊ぶ為の部屋になりかけているが。

「マイクとヘッドホンの準備して〜。やっば!着信履歴入ってたぁ〜」

 二人が落ちない様に椅子に座らせて、一旦孤爪の配信画面を確認してみた。
 するとやっぱりもう配信は始まっていて、ゲームをしながら孤爪が面倒臭そうに小言を言っている所だった。

「コヅケンに遅い怒られちゃってるわぁ〜」
「あちゃー」
「ちゃー」

 朔夜の言葉に続く様に二人が言うので、頭を撫でてから通話アプリの着信を押した。
 ゲーム中だと言うのに孤爪には慣れているのか、プレイ中断もなしにすぐに繋がるのだった。

『…………遅い』
「ごめんごめん!飛雄たん見送ってきてたから!」
『……影山、今日は試合?』
「今日は練習試合と後、インタビューあるって言ってたかな?」
『相変わらずバレー一択だね』
「それしか脳がないからねー」

 孤爪と慣れきった雑談をそのまま生配信していると、コメント欄が中々盛り上がっていた。
 孤爪の配信には度々日向が出ていて、孤爪がバレー選手の日本代表と繋がっている事をリスナーは皆知っている。
 そしてゲーム仲間の一人である朔夜がその日本代表の一人である影山の伴侶である事も、だ。

「もーさー、コヅケンの配信翔ちゃん出まくってて、飛雄たんの事もあるから最近私のチャンネルのリスナーも私の事、『嫁』呼びで定着しちゃってるよ〜」
『まぁ……影山の嫁だし間違ってはいないよね』
「そうだけど!一応殿下、って名前でやってるのに完全に名前嫁だよ〜。アカウント名が『嫁』だけだと誰の嫁やねん!って話だし」

 早く流れていくコメントを読みつつ雑談をしていると、服をクイクイと引っ張られた。
 そうだった、と朔夜は孤爪に話し掛ける。

「あ、そうそう。荷物届いたよ〜。いつもありがとう。お味噌凄い助かっちゃった。飛雄たんも何時も日本食ありがとう、って伝えて欲しいって」
『まぁそれ位送るのはついでだし全然大丈夫』
「で、勝成と早志がコヅケンと話したいって言うから、順番に回して大丈夫?」
『うん、大丈夫』

 孤爪の返事を聞き、朔夜はヘッドフォンを外すと勝成から声をかけた。

「コヅケンお話大丈夫だって。勝成から順番にお話しようね」
「「 うん! 」」

 元気な返事を聞き、勝成にヘッドフォンを付けるとマイクをオンにして、出来るだけ勝成の近くへ移動させて話しやすい様にしてやった。

「こづけん!」
『その声は……勝成の方、かな?』
「うん!こづけんあのね!」
『何?』
「おにもつありがとう!そうのとおそろいでシロモのぬいぐるみあった!」
『シロモ、早志も喜んでた?』
「うん!でっかいシロモだった!あつむがくれたシロモとなかよしなの!」
『そのシロモ、一番くじの景品でサイズが勝成と早志にぴったりだと思ったから、送っといたよ』
「いっしょによるねてる!シロモやわらかいんだよ!」
『そっか。送って良かったよ』
「うんっ!あ、そうにかわる〜」

 頬を赤くして興奮気味に話した勝成はよいしょよいしょ、とヘッドフォンを外そうとしたので、朔夜が外してやった。
 そして、今度は順番を待ってソワソワしている早志に付けてマイクを移動させた。

「こづけん!」
『早志も元気そうだね』
「うん!」
『シロモ喜んでくれた?』
「うん!かつといっしょにジュリアおばちゃんにみせてきた!おばちゃんいいね、ってあたまなでてくれたよ!」

『そっか』
「こづけんこづけん!」
『どうかした?』
「どうぶつのもりいっしょにやる!しまつくって!」

 言いながらSwitchは何処だ、と早志がキョロキョロするので、朔夜は頭を撫でながらに言う。

「こらこら、コヅケン今はお仕事で別のゲームやってるから、無理は言ったら駄目だから」
「え〜、こづけんきんいろのばらうめてくれる、やくそくしてる!」

 ぷぅ、と頬を膨らませながらに訴えてくる早志の言葉に、孤爪が小さく笑ってから言ってきた。

『そうだね、約束してた。配信終わってからどうぶつの森やろう。お母さんに変わってもらっても大丈夫?』
「うんっ!やくそくだよ!」

 嬉しそうな返事をしてからヘッドフォンに早志も手をかけたので、孤爪との話が終わったのだと判断して朔夜はヘッドフォンを付け直した。

「配信中なのに約束させちゃったみたいだけど、大丈夫だった?」
『ゲームの事だし全然平気。それよりも二人共また滑舌良くなってるね。通話越しだと二歳児って気が付けないレベル』

 孤爪にも言われ、二人の頭を撫でながら朔夜は笑い言った。

「飛雄たんも言ってたよ〜。本当にこの子達、頭良いんだよねぇ。一応父親譲り?かな」

 話しつつも常にコメント欄を見ていると、ついつい笑ってしまうコメントを見付けて朔夜は吹き出してしまった。

『なんで吹き出し笑ってるの……?』
「コメ欄見なよ〜。コヅケン、『親戚のおじちゃん』とか『父性出てる』とか色々言われてよ」

 朔夜に言われてコメント欄を読み直したらしく、数秒の無言の間が生まれた。
 眉間に皺を寄せ、何とも言えない表情をしている孤爪の表情が容易に想像出来る。

「コヅケンは結婚とかしないのー?てか彼女とかの話を聞かないけど」
『…………ノーコメで』
「視聴者の期待を裏切らない返答!」

 相変わらずの孤爪に朔夜は笑わずにはいられなかった。





「あ、そうそう」

 カチャカチャとコントローラーを弄りながら、朔夜は先日の配信の事を思い出して言った。

『ん?何?立ち回り悪いから集中してよ』
「も〜、ゲームに関しては本当に辛口なんだからさぁ〜」
『で?』

 淡々と作業の様にゲームをする孤爪に、床でお絵描きをして時間潰しをしている二人の事を確認してから、朔夜は改めて言った。

「この前の配信観たよ〜。翔ちゃんとのビーチバレーしてたの」
『ああ、観たんだ。アレ』
「コヅケンのバレーやってるの久し振りに見たよ〜。余り鈍ってない感じだった〜?てかリスナーにめっさ色々言われてたけど、コヅケンって春高出た事あるの言ってないんだっけ?」
『あ〜…………面倒だったし、わざわざ言う事ないかなって』

 自分の事すら他人の事の様に孤爪は言っていた。
 まぁ孤爪の性格を考えたら、自分が変に目立つ事を言いたくなかったのだろう。

「皆にもっとアピっときなよ〜。ゴミ捨て場の決戦したの何年前の春高だったっけー?動画とか探せばありそうじゃない?リスナーに現役バレー部員だったコヅケン見てもらったらー?」
『…………絶対嫌だから年言わないでよ』
「もー照れ屋だなぁ。ほらほら、リスナーも超興味持ってるよ!」

 コメント欄を見ながら言ってみた所、孤爪はどうしても見られたくないのか、話題を逸らす返事が返ってきたのだった。

『日向との動画観たって事は、クロからの話影山にも来てるでしょ?』

 逃げようとしたな、と思いつつも根掘り葉掘りされたくないのだろうと察し、朔夜は話に乗った。

「あー、来た来た。って言うかわざわざイタリアまで来てくれたから、家に泊まってもらったよー。聞いてない?」
『へぇ……よくクロの事泊めたね。意外』

 孤爪の感想は当然だった。何故ならば朔夜は黒尾の事を好いていないからである。
 黒尾の軽い口調と呼び方から、朔夜は黒尾に対しては少しドライな所がある。
 黒尾の幼馴染である孤爪がそれを知らない訳がない。

「日本からイタリアに飛雄たんを口説きに来ただけでとんぼがえり!は可哀想じゃん。空港近くのビジネスホテルでも泊まる、って連絡来たから誘ってみた。私は兎も角、子供達は遊びたがるかなぁ、って」
『納得』

 カチャカチャと無機質なコントローラー音を聴きながら、朔夜は黒尾が遥々日本からイタリアへ影山を訪ねに来た時の事を思い出していた。
(2022,4,30 飛原櫻)

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