疎との鳥 籠の禽
岩泉一と飴玉
意中の相手がいるけれど、自分の思いを素直に伝える事が出来なくて。
恋人未満であるのは当たり前だけれど、友達以上と言えるのかが分からない。
自分はこんなにも想っているのに、相手はきっと自分の事を『仲の良い友人』としてか見てくれない。
そんな感情しか持ってくれていない相手に告白をして、友人、と言う関係すら失うのが怖く、一歩先へ進む事が出来ない。
でも、その一歩先を自分の意のままに進める事が出来るとしたら?
自分の望むままに出来るとするならば?
「この飴を口の中に入れて意中の相手に口付ける。そして相手の口内で舐め合いつつ、相手の好きな所を五つ伝えてごらん。伝えて飴を食べきれば相手はお前に惚れてしまうから」
差し出された掌にある二つの飴。
悪魔の囁きを聞き入れてしまえば、甘い誘惑に堕ちていくだけである。
企画夢小説
キャラメル デェア ディアボロ
岩泉一と飴玉
「岩泉君!わ、私っ!」
岩泉は昼休みに呼び出しされたかと思うと、真っ赤な顔をした女子が手紙を突き出してきた。
もう慣れ過ぎてしまったラブレターを渡される瞬間。
これが自分だったら嬉しいがまぁ、毎回毎回同じ名前が書かれている。
『及川徹』
腹が立つ程にモテる幼馴染。
及川徹の幼馴染と言う理由で、ラブレターを代わりに渡して欲しいと頼まれる事の多さと言えば。
自分に話しかけて来た女子がちょっと可愛いと思い始めると、大抵目的は及川であった事が発覚するのだ。
「……分かった、渡しておけばいいんだろ?」
「ありがとうっ!」
面倒臭いとラブレターを受け取りながら伝えてやると、女子は満面な笑みで走り去ってしまった。
岩泉は幼馴染にラブレター渡して下さい、と呼び出された奴。周りから見たら哀れな姿でならない。
一度及川の顔面目掛けてバレーボールでも投げつけてやろうかと怒りを感じていると、後ろから吹き出し声が聞こえた。
「ぶっ!」
「……お前なぁ」
青筋を立てながら振り返るとそこにいるのは彼女。
今のやり取りを全て見ていた彼女は我慢の限界だったらしく、口元を抑えて笑いを堪えているではないか。
「ごめ……でも今月岩泉、告白呼び出し多くないっ……?及川宛の告白っ」
ふぶっと笑う彼女の言葉に岩泉は確かに今月はもう五通目だ、と思った。
自分には一枚も来ないのに、及川には五通も。
そもそも及川目的以外で一緒にいてくれる女子は、目の前の彼女以外知らない。
大きく溜息を漏らしてから腰をかけて、岩泉は言った。
「お前バレー強いんだから部活入れば良いじゃねーか。勿体ねぇ」
空を見上げながら言うと、彼女も岩泉の隣に腰掛けて同じ様に空を見上げた。
「んー、やっぱり父さんの手伝い忙しいし、部活に拘束されなくてもバレーは出来るからなぁ……」
高校バレーに興味がない訳じゃないのだが、彼女はそう答えていた。
彼女との出会いは小学生の頃に遡る。
及川と共に言った子供バレー教室のコーチの娘。それが彼女だった。
物心着く頃からバレーボールを触って生活をしていた彼女は、同年代から頭一つ才能が飛び出ている存在だった。
純粋にバレーボールが好きで、及川と岩泉の事をバレーボール仲間と見ている彼女。
きっと将来は父親の後を継いでバレー教室をやっていくのだろうな、と岩泉は思っていた。
「そう言や、ちょっと髪の毛伸びたか?」
岩泉に言われて、襟足を触りながら彼女は答えた。
「あー、そう言えばちょっと伸びてきたかも」
「別にショートじゃないといけない理由はないんだろ?」
小学生時代に少し髪の毛が長かった時期があった。けれどある日バッサリショートカットしてから、彼女の髪の毛はずっと短いままだ。
「バレーやるのにどうしても邪魔だったというか……最近のチビ達ってポニーテールとかだとすぐに引っ張ってくるんだよ」
子供達の相手にする時に邪魔だから。彼女らしい、髪の毛を伸ばさない理由。
岩泉はついつい髪の毛に触りながら、無意識に言ってしまっていた。
「髪の毛長いの似合ってたのにな」
言ってから触っている事に気が付いて、岩泉は真っ赤な顔をしながら手を引いた。
しかし彼女は全く気にしていないらしく、笑いながらに言うのだ。
「長かったの、って何時の時の話よ〜。小学校の時だっけ?懐かし〜」
ケラケラと笑う彼女の姿を見て、岩泉は改めて彼女もまた自分の事を異性として見ていないのだな、と思わずにいられなかった。
自分は及川の事に靡く事無く十年以上の付き合いになる彼女が、好きだと言うのに。