疎との鳥 籠の禽
かい‐こう【邂 -逅】
[名](スル)思いがけなく出あうこと。偶然の出あい。めぐりあい。
goo辞書より引用
初めての出会いは三歳。
出久の母親と共に、俺の家にやってきて母親と話をしていた。
三歳の餓鬼には親の細かい話までは理解出来ない。
ただ、見知らぬ女性と出久の後ろに隠れる様にピッタリとくっ付いているその姿は、十年以上経っても忘れる事が出来ないのを、この時の俺は予想出来る訳がなかった。
「ウチの隣に引っ越してきた地殻さんなの。娘さんの命ちゃんが出久と勝己君と同じ歳でね」
楽しそうに話す母親達。
『命』と呼ばれているのが出久の後ろに隠れながら、俺を見ているコイツなんだと直ぐに理解した。
「かっちゃんあのね!」
「なんだよ?」
目を輝かせながら言い出した出久に尋ねると、本当に嬉しそうに楽しそうに言い始めたのだ。
「命ちゃん僕達と同じ幼稚園に入るんだよ!」
「ふーん」
興味無さそうに俺は答えた。実際興味がなかったのだから仕方が無い。
女だから、ではなく、出久の後ろから離れようとしない姿がなんとなくだが、気に入らなかったのだ。
「命ちゃん!この子がさっき話してたかっちゃんだよ!」
はち切れんばかりの笑顔で俺の事を紹介してくる。
出久の言葉を聞きながら、命は小さくまるで呟くかの様に口を開いた。
「……かっちゃ……ん?」
「そうだよ、かっちゃん!かっちゃんもオールマイトが大好きなんだ!」
ナンバーワンヒーロー、オールマイト。憧れない奴なんかいない位の平和の象徴である存在。
俺の目標。
オールマイトの名前を聞いても命は興味が薄いのか、反応はイマイチだった。
「今度命ちゃんにオールマイトの動画おかーさんにお願いして観せてあげるからね!」
一人目を輝かせながら言い続ける出久を横目に、命は興味津々の表情で俺を見てくる。
それはまるで、初めて他人を見る赤ん坊の様に見える反応だった。
「勝己君、だっけ?」
突然頭上から聞こえてきた声に顔をあげると、命の母親と思われる女性が俺を見て言う。
空色の髪の毛は短く切り揃えられ、後ろ姿だけを見たら男に思える位、ボーイッシュな髪型。
スっと切れ長のツリ目をしていて、俺や出久の母親よりも背が高く、格好良いの一言がぴったりだった。
「ごめんね、この子今まで同じ歳の子と会った事がなくて、出久君と勝己君が初めてだから緊張してるみたいなのよ」
そう説明されたが、命は出久にぴったりくっついたまま離れる様子が無くて説得力がない。
俺の言いたい事を視線だけで理解したのか、あっけらかんとした笑い声で言われた。
「出久君とは此処に来るまでに仲良くなっただけ!勝己君とだってすぐに同じになれるわよ!」
本当なのかと疑っていたら母親が言う。
「子供達の交流もさせてあげたいし、何時までも玄関先は申し訳ないしあがってよ」
「爆豪さん、いいの?」
「勿論勿論!女の子の友達いなかったし、丁度いいじゃない!」
また俺達を置き去りに親達の会話に花が咲いていく。
まぁ別に出久は赤ん坊の時からの幼馴染みだし、命を拒否する理由もないなと玄関の奥を顎で指してやる。
「かっちゃんの部屋で遊んでいいって!」
出久の言葉を聞き、命はやっと出久の後ろから隠れる事を止めたらしく、服の裾を掴むのは止めずに出てきた。
空色に毛先が緑色に染まるグラデーションの髪色を命はしていた。
父親の姿は見ていないから分からないけど、ツリ目な所もあり命は母親似なんだとぼんやりと思った。
「かっちゃんは僕の友達だし、命ちゃんもすぐに友達になれるよ!ねぇ、かっちゃん!」
勝手な事を言いやがって…………、と思いつつも初めての同じ歳の存在は命にとって未知の存在、に近いらしい。
仕方ない、と頭を搔いてからズイっと手を差し出してやった。
「ほら、部屋に入れてやるからさっさと来いよ」
俺の言葉に対し、確かに命は嬉しそうな表情をした。小さな子供が何かに対して初めて見た時の期待に満ちた表情。
部屋一つで何がそんなにも嬉しいのか。それを理解する事が出来るのは十数年後先の話になる。
◆
「ほら、命ちゃん!かっちゃんの部屋にもあるでしょ?オールマイト!」
人の部屋に入るなり、出久が勝手に話していた。ナンバーワンヒーローオールマイト。憧れない子供がいない位のスーパーヒーローだ。
俺も出久もオールマイトが好きであり、よく一緒にお菓子を買ったりしてオマケがオールマイトが出れば大喜びしている。
それだけ、知っていて部屋にグッズがあって当たり前、の存在だ。
「おーるまいと?」
が、命の反応はイマイチであった。
ゆっくりと首を傾げ、じっとオールマイトの人形を眺める。そして何度か首を傾げていた。
「ど―したんだよ?オールマイトだろ、それ」
俺が尋ねると命はもう一度人形を眺め、口を開いて言う。
「おーちゃん?」
不思議そうに小首を傾げつつ言ってきた。オールマイト、だからおーちゃん、なのだろうか。が、それにしては命の反応が悪い。オールマイトを認知していないのかと思う程に。
「そうだね!オールマイトだから『おーちゃん』だね」
ニコニコと笑顔で勝手に結び付けて言う出久は、両手いっぱ広げながら、話を続ける。
「僕もかっちゃんも大きくなったらオールマイトみたいなカッコイイヒーローになりたいんだ!命ちゃんも大きくなったらヒーローになりたいの?」
出久の言葉に命は持っているオールマイトを見て、フルフルと首を横に振った。誰もがなりたいヒーローになりたい、と命は思っていないらしい。
「ヒーローになりたくないの?」
驚いた表情で尋ねてくる出久に、命は小さい声でゆっくりと答えてくる。
「あのね、わたし、ずっと木がいっぱい、ある所にいてね。おとうさんとおかあさんが、お話してね、お外に来たばっかりなの」
「「 ? 」」
命の話に俺と出久は互いに見合った。命の話を理解するには情報が少な過ぎたからだ。
木がいっぱいある所、ずっと、お外。それで三歳の餓鬼に導き出せる知識は……。
「すげぇ田舎から出てきて何も分かんねぇのか?」
俺の問い掛けに命は必死に頭を縦に振る。
そう言えば命の母親も同じ歳の子に会うのが初めてだ、と言っていた事も思い出した。
「そっかぁ……じゃあ命ちゃんは知らない事がいっぱいなんだね。大丈夫だよ!これから色んなのいっぱい見よう!僕とかっちゃんがなんでも教えてあげるから!」
名案、と言わんばかりで興奮気味で出久は言い切った。俺の意見など無視して勝手に話を進めて。
出久が率先して、なのが気に入らずムスッとした表情で言ってやる。
「どーせ出久が教えられる事なんかそんなにないだろ。何時も俺の後付いてばかりいる癖に」
「そうだけど、大丈夫だもん!かっちゃんは命ちゃんに教えてあげないの?」
そう言われ、うっと怯んでしまった。出久の俺ならば絶対に教えてくれる、と断言している表情と、俺達のやり取りを黙って見ている命の視線に嫌だ、とも面倒だ、とも言える訳がなかった。
「し、仕方ねーな。特別だからな」
「かっちゃん!」
パァっと満面の笑みで出久はすぐに命に告げた。
「これから分からない事があったら何でも僕達に聞いてね!全部答えるから!」
出久の勝手な言葉に呆れつつ、この日から俺達三人の生活が始まりを告げるのだった。
(2021,2,8 飛原櫻)