疎との鳥 籠の禽
#2 歳月
さい‐げつ【歳月】 の解説
としつき。年月。「完成に一〇年の歳月を要する」「五年の歳月が流れた」
goo辞書より引用
命が来てから早いものでもう三ヶ月の月日が過ぎた。
最初は何をするにも出久の後ろにぴったりくっ付いて離れなかったが、最近はやっと慣れたのか出久の傍にいなくても大丈夫な事が増えてきた。
兎に角、命は田舎者、なんてレベルの話ではなく最初は本当に大変だった。
テレビも知らない、車も知らない、スーパーは勿論の事、コンビニも分からない。極めつけはヒーローもヴィランも分からないと来た。
命が分かる唯一の娯楽は絵本だったらしく、お気に入りの絵本はボロボロだった。
命の知識は絵本から得た物だけであり、絵で見るのと実物を見ることでは話も違い、同じ物をじーっと何十分でも平気で見たりしていたので、付き合っている俺達はすぐに飽きてしまう。
魚屋を水族館と言ったり、信号も分からずに渡ろうとするから目が離せない。
幼馴染が出来たと言うか妹が出来た、と言うのが正しい表現だった。
「かっちゃん、今日は何処に行くの?」
俺の後を金魚のフンの様に出久と命は着いてきている。正しくは俺の後を出久が、出久の後を命が、だが。
「昨日は公園だったから今日は裏山だな」
「じゃあ虫かご持っていかなきゃ!」
今日は虫取りだよ、と出久は笑顔で命に話している。命は何時も俺達と遊んでいて、おままごととか女っぽい遊びをしていないが、文句を言う事はない。
そもそも命は動物が好きみたいで、虫も平気だった。
「うん」
出久の言葉に命は素直に頷く。命は自己主張がなく、何時でも俺達二人の意見を尊重し優先する。
命の口からあれしたいこれしたい、と言う言葉は三ヶ月経っても一度も聞いていなかった。
「行くぞ、ほら」
俺がずいっと手を差し出すと命は当たり前の様子で手を握る。右手は俺、左手は出久。俺達だけで遊びに出掛ける時は必ずこの形で手を繋ぐ決まりにいつの間にかなっていた。
「今日はどんな虫を捕まえられるかなぁ」
楽しそうに言う出久を命は何時もと変わらぬ表情で見ている。命は俺達に対してはそれなりに喜怒哀楽を表現出来るが、それ以外には苦手なのか口を開く事も少なくない。
「やっぱり命ちゃんは女の子だし、蝶々とかがいいかな?」
出久が尋ねると命は首を振り言う。
「出久とかっちゃんと一緒がいい」
相変わらずの命の主張。
命の母親が言うには初めて出来た友達である俺達への依存が強く、優先する癖がついたのかもしれない、と。
「別に何でも俺達に合わせなくていいんだぞ?」
「そうそう、命ちゃんは命ちゃんでいいんだから」
俺も出久もそう言っても、命は変わらずに首を振って主張をする。
「三人一緒がいいの」
命の言葉に出久と顔を見合わせる。自己主張をしてくれない事へと困惑と、自分達を慕ってくれている喜びが混ざり合い、説明出来ない感情が生まれる。
「出久とかっちゃんと一緒じゃないとや」
自己主張はしないが我は強い。一度嫌だと口に出してしまったら、命は自分の考えを絶対に曲げない。
仕方ないと虫取り網を振り回しながらに言ってやる。
「しゃーねーな!今日は出久と命、俺ん家に泊まりだし、三人同じ虫取ってやる!」
「かっちゃんかっこいー!」
出久の羨望の眼差しを受け、鼻が高くなりながら言う。
「出久も命も俺がいねーとなんも出来ねぇからな!」
◆
「出久、かっちゃん」
虫取りをしていた所、茂みを見ていた命がちょいちょい手招きしてきた。
「命ちゃんどうしたの?」
「なんか見付けたのか?」
出久と同時に覗き込むと葉っぱの上を青虫が動いていた。
女ならば嫌がるのに、命は全く動じずに青虫を見ている。
「芋虫だぁ」
「これ、アゲハ蝶の幼虫だろ?」
青虫を見ながら言うと出久が食い気味に言う。
「かっちゃん凄い!見ただけでなんの虫か分かるんだ!」
「ま、まぁな。これ位常識だろ?」
本当は何でも尋ねてくる出久と命に対して必ず応えられる様に、と図鑑や本を片っ端から見て頭に叩き込んでいた。
けど二人の知らない所で努力しているのを知られたくないので、知っていて当然だと言う風に何時も答えていた。
俺達の話など聞いていないのか、命は未だに青虫を眺めたままだ。
「アゲハ蝶になるまで飼うか、コイツ」
しゃがみながら言うと出久は空の虫かごを開けながら出久も言う。
「そうだね!三人で育てよう!」
うきうきとカゴの中に木の枝を入れて準備をする出久を見て、俺の手を引いて命が言った。
「飼えるの?」
虫を飼う事が初めてらしく、命の目は興味津々になっていた。
命は知らない事は貪欲に求め、吸収も早い。 三ヶ月前と今では語弊力もグンと上がっていて、恐らく環境が悪くて知識が追いついていないだけで、頭は良いのだろう。
環境がいかに大事なことか、命を見ていると子供でも納得が出来た。
それと同時に命が今まで何も無い誰もいない環境で生活をしていたのだと、想像が付かなかった。
最初から無ければ苦ではないらしく、命の興味は今も絵本と自然で成り立っている。
「準備出来たよ!命ちゃん、中にそおっと入れてあげてね」
「うん」
出久の言葉に従い、命はゆっくりと青虫が乗る葉っぱを虫かごの中に入れている。
虫かごの中で動いている青虫を命はじーっと眺めて楽しんでいる。
このまま虫取りを続けても良かったけれど、命の興味が青虫に注がれてしまっている以上、虫を捕まえても意味がなさそうだ。
「帰るか」
「かっちゃんいいの?」
出久が尋ねてくるので顎で命の事を指すと、出久も理解したらしく、虫かごを持ってしゃがんでいる命に伝えた。
「今日は幼虫捕まえたから帰ろうか」
「うん」
命が素直に頷いたので、今日はもう帰る事にしてやるのだった。
◆
「えー?母さん虫好きじゃないからアンタ面倒ちゃんと見れるの?」
「三人で育てんだよ」
帰宅すると文句を言われた。
まぁ仕方ないと思いながら、一番興味を持っているのはテーブルの上で虫かごを眺めている命であると言ってやる。
「命が興味あるんだから仕方ないだろ」
「全く……全員ちゃんと手を洗ってくるのよ」
命に対しては親達も甘く、駄目とは言わない。
親達がどんな話をしているのか知らないが、命には俺達ガキには教えてもらえない何かがあるのだ。
それは命の父親が三ヶ月経っても現れない事で何となく分かっていた。
現存しているらしいが、仕事が忙しく帰ってこられないらしい。
そしてその父親に付き合う為に、母親も頻繁に留守にしている。
その間は出久の家に泊まらせてもらっているらしい。