疎との鳥 籠の禽
#2 歳月
「おばちゃん」
「んー?命ちゃんどうしたのー?」
命に呼ばれ、母さんは晩飯を作っていた手を止めて命の元へと向かう。
(……『おばちゃん』か)
命の中で俺達の母親の呼び方がいつの間にか決まっていた。
自分の母親は『お母さん』、俺の母親は『おばちゃん』、そして出久の母親は『ママ』だ。
一緒にいる頻度が高かったからか、気付いたら出久の母親をママと呼んでいた。
本人の中では親、と言う意味でのママではないらしい。
あくまでも自分の母親は一人だけで、懐いていてのママ呼びらしい。
命の世界観は難しく、おーちゃんも結局オールマイトの事ではなく、知り合いの事を言っていた。オールマイトみたいに筋肉質の人だから間違えたのだと、命の母親が説明してくれた。
「お手伝いする」
命の一言に母親はこれ以上ない位に喜んで、命の事を抱きしめて言う。
「も――命ちゃんは偉いわね!勝己の馬鹿に爪の垢飲ませたいわよ!」
「おばちゃんおむねくるしー」
命の言葉に母親は抱きしめる力を緩めながらに言っていた。
「ごめんごめん。あーでもやっぱり娘っていいなぁ〜。勝己に問題はないんだけど、やっぱり命ちゃん見てると娘欲しくなっちゃう」
「おばちゃん、娘欲しいの?」
小首を傾げながらに命が尋ねると、母親は手を振りながら言うのだ。
「ウチは勝己一人で十分だけどね。あーでも命ちゃんが勝己のお嫁ちゃんになってくれるならば、おばちゃん大歓迎なんだけど」
母親の言葉に俺は飲んでいた麦茶を吹き出してしまう。親特有の勝手な要望。巻き込まれる子供はたまったものではない。
「おい勝手な事を言うなよ !! 」
「何よ、アンタ一丁前に照れてる訳?口を開けば命ちゃん命ちゃんの癖に」
さらりと言う母親に、俺は耳まで赤くして怒鳴り否定する。
「それは命が俺がいなきゃ右も左も分からないかだろっ!」
「出久君だっているじゃん」
「二人とも口を開きゃかっちゃんかっちゃん俺を呼ぶんだよ !! 」
そう言いながら出久の方に視線を送ると、真っ青な顔で出久は言うのだ。
「か、かっちゃん……命ちゃんをお嫁さんにしちゃうの?」
「俺はそんな事言ってないだろ!」
オロオロとする出久につい怒鳴っていると、命は母親の服を引っ張りながら不思議そうに尋ねてきた。
「おばちゃん、お嫁さん、って?」
「あー……そうねぇ」
尋ねる命の頭を優しく撫でながら、母親は説明をしてやっていた。命に分かりやすく、すぐに理解出来る言い方で。
「命ちゃんのお父さんとお母さんみたいに、ずっと一緒にいる女の人の事を言うのよ。男の人はお婿さん、って言うの」
「ずっと一緒?」
「そう、ずっとよ」
ニコッと笑う母親を見てから、命は俺と出久の事を見てきた。そして俺達の所に駆け寄ってくると、俺達の腕をギュッと抱きしめて言うのだ。
「じゃあ出久とかっちゃんのお嫁さんになる」
「あらぁ、命ちゃんは贅沢ねぇ」
「出久とかっちゃんとずっと一緒」
「いいねぇ」
ケラケラと笑う母親から、ギュッと抱きついている命へと視線を落とす。小さな小さな幼馴染。
ずっと俺達と共に居たいと言う、たった一人の奴。
「ご飯の前に三人共お風呂入ってきて頂戴。晩御飯はカレーだから」
母親の言葉に真っ先に反応をしたのは出久だった。目を輝かせながらに尋ねる。
「オールマイトカレー !? 」
「おー、よく分かったねぇ。オールマイト印のカレーよ」
母親はそう言いながらオールマイトが印刷されているルーの箱を見せていた。
最近の人気商品のカレーだ。
「かっちゃん!命ちゃん!オールマイトカレーだよ!あれすっごく美味しいんだよねっ!」
興奮しながら言う出久に対し、俺はあくまでも冷静を装って応えてやる。
本当は嬉しくて仕方ないのだが、どうしても命を前にすると一歩先を進んでいる大人でいたいのだ。
「カレーでんな騒ぐなよ、出久はガキだな」
ツン、と言うとカレーを作っている母親が笑いを堪えている様子で横槍を入れてきた。
「アンタだってコレ好きな癖に何大人ぶっちゃって……」
「出久!命!風呂行くぞ風呂!」
虫かごをまた眺めていた命の手を取り、出久の背中を押しながらずんずんと脱衣場へと向かっていく。これ以上ボロを出さない為にも。
「かっちゃん、シャンプーハットで頭洗わないと目がしみちゃうよ」
「んなもん俺はもうとっくに無くても洗えるんだよ!」
「かっちゃんかっこいー!」
尊敬の眼差しわ送ってくる出久に鼻を高くしながら、俺達は今日も当たり前の様に共に過ごしていく。
流れる歳月は、まるで俺達は赤ん坊の時から共にいた幼馴染であるかの様に関係性を築き上げていくのだった。
(2021,9,13 飛原櫻)