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二次元オタクは童貞を殺したいらしい

 

 

「飛雄った〜ん」

 土曜の夕方、バイトが終わったらしい朔夜が現れた。
 それは別によくある事なので気にならないが、口調が気になる。
 こう言う時は大抵下らない事を考えいて、お願いしてくる時だと、影山はよくよく理解している。

「…………今回は何をしようとしてる?」
「飛雄たんに、着て欲しい服があるのじゃ」
「服ぅ?」

 ただ服を着て欲しい。
 それだけで、こんな反応になるのはおかしいと影山は眉間に皺を寄せながらに答えた。



二次元オタクは童貞を殺したいらしい



「何で服だけで、んな怪しい動きになるんだ?」
「うぇっへっへっへっ……着てくれる?着てくれる?」

 部活が終わり、部室までくっ付いて来て離れない朔夜に、影山は少しづつ嫌な予感がしてきていた。
 自分の服の趣味はさておき、朔夜はTシャツにおいては趣味が悪い。
 正確には趣味が悪い、のではなく、変なデザインを見つけると進んで買う癖があった。
 そんな朔夜だから、きっと気に入ったTシャツでも見つけたのだろう、と思っているとゴソゴソとカバンから服を取り出していた。

「…………ん?」

 取り出している物の生地がどう見てもTシャツ素材ではなく、汗を拭く手が止まった。

「じゃじゃーん!」

 バッと服を出した朔夜の顔は上機嫌そのもの。目を輝かせている位だ。

「……何だ、それ?」

 生地的に見てそれはニット。
 そして、何処からどう見てもおかしいとしか言えない作りをしていた。

「童貞を殺すセーター!飛雄たん着て着てっ!」

 目を輝かせて言った朔夜の言葉に、知らぬ関わらぬ、を決め込んでいた全員が吹き出し、咽る。
 そんな周りの事を不思議そうに見ながら、朔夜は影山の方を見て再び言う。

「飛雄たん、着て!」
「誰が着るかボケェ !! 」
「え〜〜」

 本気で怒鳴る影山に、朔夜はシュンとしながら言った。

「絶対に飛雄たんに似合うと思って水色選んだのにぃ」
「似合うか、そんなデザインの服!」

 全力拒否をする朔夜が頬を膨らませていると、やっと落ち着き出した周りが流石に、と声を掛け始める。

「うんちゃん、ちょいちょい」

 菅原に手招きをされたので、朔夜は影山に服を押し付けて向かっていく。

 強制的に渡された影山は改めて服を見て眉間に皺を寄せ、それに皆が覗き込みながら言う。

「……すげぇデザインだな」

 田中の一言に皆が頷く。

 そして、影山の事を見て月島は馬鹿にした表情で笑いながらに言う。

「王様、似合うんだ?凄いねぇ」

 その言葉に影山は無言で睨み付けた。本気で怒っているのが分かる状況だった。

「月島、流石の影山もアレは駄目だ。空気和まないぞ」

 縁下の言葉に月島は改めて影山の手に握られる服を見る。
 と、言うよりもアレを服として認識しても
良いのだろうか、と思い出してきた。

「つかうんちゃん、何処でどうしたらこんな服を見付けられるんだ……」
「流石の龍も分からないか。俺も行き付けの印刷店でこんな服、見た事ねぇな」

 マジマジと服を見て言う田中西谷に、遂にため息が漏れてしまうと、しおしおしながら朔夜が戻ってきた。
 その様子を見る限り、どうやら澤村に叱られた様だった。

「怒られたぁ……」
「まぁ、物が物だし…………。海野さん、コレ何処で買ってきたの?」

 苦笑いしながら山口が尋ねると、朔夜はスマホを取り出して画面を表示させると言った。

「楽天市場!」

 得意げな表情をしていた朔夜だったが、背後から感じた気配にハッとした。
 振り向く前に首根っこを掴まれ、ズルズルと澤村に引きずられていく。

「うわーん!」
「学びなさいっ!」
「パパンが怖いよぉー!ママーン!」
「えぇ……」

 朔夜のヘルプに、菅原も一緒について行く。
 再び残されたメンバーは、山口の手に残されたスマホの画面を覗き込んだ。

「……どうしたらこの画像を見て、影山が似合うと思ったんだろ」

 木下の一言に画面と影山を何度も見比べてしまう。
 画面は何処からどう見ても、スタイルが良い女性が着用しているモノであり、男性ではない。
 そもそも体格的に影山が着れるとは、とてもでは無いが思えない。
 画面と服を見比べた田中はハッとした様子で影山に言う。

「……影山、うんちゃ」
「田中、お前もこっちに来い」

 アァ〜、と引きずられていく田中を皆黙って見送る。
 口にした田中が悪いが、言いたくなる気持ちは分かる。

「まぁ……うん…………」
「田中が言いたかった事、分かると言えば分かる……」
「影山!うんちゃんに着てもらえ!」

 空気を読めていなかったのか、西谷が指を立てながらに言い切った。
 そして、影山の返事を聞く事無く澤村に連れて行かれるのだった。

「馬鹿だろ、あの二人……」

 そう言いつつ、縁下は影山に尋ねた。

「影山、どうするんだ?」
「……絶対に着ないんで」
「それは分かってるから」

 縁下が言いたいのは、暴走している朔夜をどうするのか、と言う話だ。
 今は田中西谷と一緒に叱られている最中だが、すんなり諦めるかどうかが怪しい。
 二人っきりになったらまた言い出すのではないのかと、思っている。

「てか純粋に考えて、君が着られるサイズじゃないでしょ?それ」

 月島の一言に全員服をじっと見つめる。
 小柄に部類される日向や西谷ならばまだ分かるが、百八十を超す影山には無理がある。

「女性の服だしなぁ……。影山、うんちゃんならちゃんと嫌だって言えば、理解してくれるって」

 励ます様に東峰が言うと、影山はゆっくりと口を開いて言う。

「東峰さんはあの馬鹿の事を分かってないです……。今回は絶対に諦めないヤツです」
「えぇぇ…………ほ、ほらでもそれ絶対にサイズ合わないから、さ」

 何とか話す東峰だが、影山の不機嫌さは全く治らない。
 確かに普段から影山が振り回されている事には、誰もが見ていて分かるのだが、二人の仲は良好だと思っているのだ。
 二度目のお叱りから解放された朔夜がフラフラ〜、と影山の所にまで戻ってくると、ピタッと抱き着いてまだ言うのだ。

「きーてーよーぉー」
「体格を考えろ体格を!まだ日向や西谷さんならば分かるけど、俺の身長でこんな小さい服着れるか!」

 日向と西谷の名前を聞いた朔夜は、じっと服を見てからそぉっと二人に向かって服を宛がってみた。

「いやいやいや!海野さん宛てがわないで!」
「流石の俺達もメンタルが殺られる!」

 ガタガタっと各自人の後ろに隠れてしまうので、朔夜はショボーンとしていた。

「むぅ……」

 これは何が何でも着るまで諦めないと判断した影山は、朔夜の手首を掴んでさっさと帰り支度を済ませて言う。

「これ以上馬鹿が暴走する前に俺達帰ります」
「飛雄たんのいけずぅ!」
「さっさとその服をしまえ!」

 ズルズルと引きずられる様に、そのまま影山家に移動する事となるのだった。


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