疎との鳥 籠の禽
二次元オタクは童 貞を殺したいらしい
影山の自室、ベッドの上に正座をして向かい合っている。
二人の間には童貞を殺すセーターが置かれている状態だ。
「飛雄たん……」
「嫌だ」
「わーん!」
「泣き落としも今回は効かないからな!」
影山の言葉に朔夜はぷぅっと頬を膨らませて、睨み付けた。
今回はやけに引かないと、影山は困っていた。
どうしてここまで着て欲しいのか、本当に理解が出来ない。
似合うならば分かるが、今回はどう考えても似合わないのだから。
「…………はぁ〜〜」
「ぶぅ」
上目遣いをされて、ついドキッとしてしまったが、ここで許してしまったら着なければならないので、それは断固拒否である。
その姿勢を崩さずにいると、朔夜はため息を付きながらに言う。
「……飛雄たんの為に買ったのに」
ポツリ、と言うのだから影山は悶えてしまう。
朔夜を甘やかしてはいけない、何でも要求を飲んだら調子に乗ってしまうから、甘やかせない。だが、朔夜が悲しそうにしていると、要望に応じたくなってしまう。
しかし、プライド等がこの服を全力で拒絶している。
男としてこれを着たら終わりだと本能が告げている。
「…………飛雄」
キュッと服の裾を掴みながら呼び捨てされた。
「あ〜〜〜〜っ!」
影山が呼び捨てされる事に弱いのも、朔夜は熟知済みでやってきた。
上目遣いの呼び捨てお強請りに、影山が折れそうになっている、と判断した朔夜は言ってきた。
「じゃあ交換条件する」
「交換条件?」
首を傾げる影山に対し、朔夜は言った。
「飛雄たん着てくれたら、私も着る」
「……………朔夜も、着る?」
ゆっくりと確認をすると、朔夜はコクコクと頷いていた。瞬時に影山の脳内で脳内会議が行われた。自分のプライドを優先すべきか、朔夜の着衣を優先するか。
服のデザインを思い出してみる。ぱっくりと開いている胸元と、背中丸出し。
脳内にある天秤は即、朔夜が着てもらえる事を影山は選択した。
「サイズ合わなくて、俺が着れなくてもお前は着ろよ」
「武士に二言はない!」
「お前は武士ではない」
そう言いながら、ガッと服を掴んで改めて見る。
絶対にサイズアウトで着られない確証しかない。
どうせ着られないのだから、首元まで着ればいいだろう、と上を脱ぎ捨てて一応、と言う事で首元まで通す。
そしてつい声が漏れた。
「首すらキッツ……」
その感想に、朔夜は不服そうに言った。
「フリーサイズ書いてあったのにぃ!」
「女のフリーサイズだろ!どう考えても!」
「わーん、折角買ったのにぃ」
影山には着れない事を理解して、朔夜は本気でガッカリしている様だった。
影山はサイズで大丈夫だとは思っていたが、万が一で本気で着る事になったらどうしようかと思っていた。なので、安堵しながら首にあるのを脱いだ。
そして、スっと朔夜に突き出して言う。
「どんな結果でも約束は約束だろ」
「くぅぅ〜〜フリーサイズに弄ばれたぁ」
悔しそうに服を受け取ると、朔夜は制服のリボンを取り始めたが、手を止めて言う。
「着替え見ちゃ駄目!」
それは当然だろ、と影山は素直に朔夜に背中を向けた。
それを確認して、朔夜の生着替えが始まる。
「…………まだか?」
「……後少しー」
布地が擦れる音を聞き耳立てながら、影山は尋ねていた。
本当に着てくれるとは思わなかったので、正直驚いている。
確かに言い出しっぺであるのは朔夜であり、条件を飲んだのも朔夜自身である。
「でけたー!おっけぇー!」
朔夜の声に動悸が早くなるのを感じながら、影山はゆっくりと振り返る。
ベッドの上にちょこん、と座っている朔夜の姿を見て、脳天を鈍器で殴られた様な衝撃を受ける。
大胆に開かれた胸元はしっかり見える位置まで開いていて、膝上十五センチ位はありそうな位置に裾がある。
自分が無理矢理着せられそうになった物と同じとは、信じられない服だった。
「背中スースーするー」
朔夜の言葉にふらつきながら、ベッドに腰掛けて背中を見る。
首後ろから臀部まで見れる所か脇腹も見えるし、角度によっては横から乳房が見えてしまいそうだった。
童貞を殺すセーターと銘打っているだけはある、破壊力抜群の服だ。
「…………」
ついつい魅入るように見ていると、朔夜は影山の袖口をついつい引っ張りながら言う。
「おっけー?」
「……おっけーだけど……うん」
「う?」
首を傾げる朔夜の顔から眼鏡を取り、お団子頭を解こうとしたが、影山にはお団子の仕組みが分かっていなくて上手く解く事が出来ない。
「んんっ?髪の毛解くのー?」
変に髪の毛のを弄られたのが気持ち悪かったのか、もそもそと髪の毛を触りパラッと解いてしまう。
髪を下す姿を初めて見る訳じゃないのに、服装一つでこうも違って見えてしまうのだと、影山は思っていた。
するすると頬を撫でていると、朔夜はくすぐったそうに笑っている。
(……ルール無かったら絶対キスしてんだろうな)
二人で決めた高校生の間の決め事は絶対であり、キツく縛り付けてくる。
えっちぃ事は駄目だと言うのに、こんなエロ丸出しの服を着たり、相変わらず朔夜の線引きが分からないのだが。
(やっぱ……可愛いんだよな、コイツ)
普段は馬鹿丸出しで好き勝手やっているし、他の男子とも仲が良いが、二人っきりの時はやっぱり『彼女』と言う顔を見せてくれる。
最初はどんなきっかけだったとしても、朔夜はちゃんと影山の事を彼氏だと認識しているし、異性として好きでいてくれているのだ。
「飛雄たん、くすぐったい」
朔夜からの訴えを聞き、触っていた手を止める。それでも影山の手が朔夜から離れる事はなく、じっと見上げていると優しくベッドへと倒される。
(胸の見えたらいけない所も見えてるし、本当にコイツ馬鹿……)
これ以上黙って見ていたら襲いかねないので、朔夜の事を腕の中にしまい込んでしまう。サラサラの朔夜の髪の毛も触り心地が良いし、掴んでいる肩も柔らかかった。
影山に抱きしめられていた朔夜は、ギュッと影山に抱きつくと嬉しそうな声色で言う。
「飛雄たん好きー」
「知ってる」
「飛雄たんも好きだー」
「そうだな」
結局の所、影山は朔夜にベタ惚れしてしまっている。そうで無ければこんな無理な願いに、付き合ったりなんかしない。
普段は出せない朔夜への愛情は、二人っきりの時に出す。誰にも見られてなければ、恥ずかしくないからだ。
「さく……」
コツン、と額と額をぶつけると鼻先が触れ合う。
唇と唇の距離は三センチも無く、普通の恋人同士だったら間違いなくキスをしている距離だった。
「…………えっちぃ事、しちゃ駄目」
「……分かってる。ルールだからな」
そう言っても影山の顔が離れる事がない。互いの吐息が分かる程の超至近距離。
これだけの距離から影山が離れようとしてくれないのなら、何をしたいのか朔夜だって分かる。