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ラッキーすけべなどは
二次元だけである

 

 

 心配そうに顔を覗かせた朔夜の顔から、下に視線を落とすのと同時に、無意識に手が動いてしまっていた。


むにっ


 影山の手が朔夜の胸に触れていた。と、言うか揉んでいた。

「…………」
「…………」

 状況を理解するのと同時に、派手な打音が響き渡った。





「影山っ !? なんか昨日より酷くなってない !? 病院行ってきた方が良いって!」

 朝練時、右頬を赤く腫らしている影山に、東峰は血の気が引いた顔で言ってきていた。
 確かに昨日夜間救急に運ばれた影山の頬は無事だった筈だ。
 それなのに今朝になったら腫れているのだから、心配するのは当然である。

「いや、これは別件なので大丈夫です」

 影山が落ち着いた様子で答えていると、心配そうな様子でやってきた山口が言う。

「今そこで海野さんとすれ違ったんだけど、凄い怒ってて、何が……って影山何その顔っ !? 」

 山口の後に入ってきた月島は影山の顔を見て、何となく理解した様子で尋ねた。

「王様、昨日あの後何したの?」
「いや…………」

 影山は両手をワキワキ動かしながら、正直に言う。

「昨日何が遭ったのか思い出そうとして……」
「『して』?それで何を『した』の?」

 月島の問い掛けに、バツの悪そうな顔で影山は答えた。

「…………顔になんか当たったのと、手がなんか触ってた感触が合って、気が付いたら朔夜の胸触ってて…………ビンタされた」

 影山の答えにその場にいた全員が溜息を付いた。
 そして、意外な事に朔夜が怒るのかと思い、菅原は言う。

「うんちゃん、影山がする事に怒るのか……意外過ぎる」
「順序守れない奴は嫌い言われました。後、一週間口をきかない言われたので、どうしたらいいですか?」

 どうやら口をきいて貰えない事が耐えられないらしく、相談の為に朝練に来ているようだった。

「今日は休め言われてたのに来た理由がそれか……」
「しかしガチ怒りとなると……」

 何時もヘラヘラしていて、影山を許していたあの朔夜が怒っているとなると、簡単に解決しないと予想出来る。

「田中……は今回ラッキーすけべの言い出しっぺだから駄目だろうし、スガの話も聞くか怪しいなぁ……」

 澤村がうーん、と悩んでいた所清水が入ってきて言った。

「朔夜ちゃん、すけべ云々言って怒ってたけど……」

「影山、清水だ。清水に包み隠さず話せ。同性かつ清水は無敵だ」
「……?影山、朔夜ちゃんに何かしたの?」

 影山は腫れている頬の経緯を素直に清水に話した。
 話を聞いていた清水も、途中からは何とも言えない表情になっていた。

「……話してみるけど、した事がした事がだし、あんまり期待はしないでね」
「すみません……」





「朔夜ちゃん」
「潔子さんだぁ!」

 ちょいちょい、と清水に手招きされ、朔夜は嬉しそうに駆け寄ってきた。

「昨日は大丈夫だった?」
「私は元気ピンピンですぅ〜」

 いつも通りなのを確認出来たので、刺激しない様に清水は話をしてみた。

「影山と喧嘩したんだって?」
「喧嘩と言うか〜なんと言うか〜」

 朝程は怒っていないらしく、朔夜は頬を膨らませながらに言った。

「飛雄たんラッキーすけべじゃなくて、ただのすけべだったんですよぉー!おっぱい揉まれたぁ」
「それは影山が悪いね。でも影山も反省してるみたいだし、口はきいてあげてくれないかな?」

 清水の言葉に朔夜はむむー、と腕を組みながら言う。

「潔子さんからのお願いでもなぁ……。順序守れない飛雄たんはえっち虫だからいくない!」
「そんな事言わないで、ね?朔夜ちゃんも影山と喧嘩して口きいてもらえなくなったら寂しいでしょ?」
「寂しいけど……うーん、ぬーん」

 清水の言葉でも首を縦に振ろうとしない朔夜に、これは難しいと思っていると朔夜の友人である山城と柚木が来て声を掛けてきた。

「殿下、影山君の視線が面倒い」
「胸位減るもんじゃ無いんだし、許してあげなよ〜」
「隊長と総帥は飛雄たんの回し者になったな!この裏切り者めぇ!」

 プンスカ怒る朔夜に山城は真顔で言った。

「殿下、捉え方を変えろ。殿下は影山君に胸を触られた」
「うぬ」
「つまり、殿下も影山君の胸を触る権利を得たんだ」
「な、なんだってぇー !? 」
「そんな権利、初耳過ぎるよ隊長」

 ついつっこんでしまう柚木を黙らせ、山城は続ける。

「殿下、影山君は二次元の推しだ。推しの雄っぱおに触れるんだぞ。それを考えたら、自分の胸なんか安いだろ?面倒だからさっさと対応してこい」
「隊長本音ダダ漏れ〜」

 友人二人と清水を交互に見て、それから少し離れた位置からこちらを見ている影山を見付ける。

 少しの間見つめ合っていると、朔夜はててっと影山の所へと走っていった。
 それを見送った山城は清水に深々と頭を下げて言う。

「殿下の馬鹿が騒がせてすみません」
「いえいえっ。そもそも今回の騒ぎは、元を辿るとバレー部二年からだから……」

 清水が慌てて言うと、山城と柚木は互いに見合って断言した。

「でもどうせ殿下だし」
「そうそう、普段から変な事しかしない殿下だもんね」

 付き合い長い友人にこうも断言されるなど、朔夜の性格は凄いのだと改めて感じた。
 少し離れた所で話している二人の様子が、おかしい事にはすぐに気が付けたけれど、清水は口を挟む事が出来ないのであった。





「…………で?どうしてそうなった?」
「……コイツの友達にやられました」

 放課後、影山に後ろからぴったり張り付いて離れない朔夜に、澤村は頭痛を感じていた。
 拒絶解除されたと思ったら、何故かべったりくっ付いている。
 そして勘違いじゃなければ、何故か影山の胸を揉んでいる。

「揉まれたら揉み返せ!二次元の推しの雄っぱお!」
「すまん、日本語を話してくれ……」

 清水に頼んだ所、途中で友人が入ったと聞いていたが、話の内容を清水は話したがらなかった。
 その理由が今分かった気がする。

「楽しいのか?それは……」
「驚く程に楽しくない!私はもしかしてまた隊長に弄ばれたのではないかと考えている所存!」

 クワッと答える朔夜になんて言おうかとしていると、件の友人である山城と柚木が顔を出して言う。

「うわー、本当にやってる」
「殿下〜、影山君は推しじゃないでしょ?」
「あ、隊長。総帥。驚きの楽しくないなんだけど!」

 朔夜の言葉に山城はサラッと言う。

「そりゃあそうだろ。そもそも胸揉んで楽しいのは男だけだと思うし」
「くぁー!純情オタ心弄ばれたァ!」
「俺はアホな殿下が見れて満足である」
「影山君、ドンマイ!」

 パッと影山から離れ、朔夜は怒りながら二人を追いかけていく。
 それを見ながら、影山はゆっくりと頭を下げた。

「清水先輩、ありがとうございました」
「私は殆ど何もしてないんだけどね」
「清水先輩のおかげてあの二人が話す時間が出来たので。それじゃあ俺は今日は養生する様に指示出てるので、アイツと帰ります」

 淡々と言う影山に、追われていない柚木の方が戻ってきて言った。

「影山君」
「ん?」
「隊長から伝言。『強制ラッキーすけべはどうだった?』だって」
「…………もしかして背中に胸が当たってたヤツ?」

 影山が少し考えてから言うと、柚木は頷いて言い続けた。

「そーそー。殿下全然気が付いてないから、つい口を滑らせる所だった」
「アイツ知ったら怒るんじゃないのか?」
「んー、隊長にとって殿下の不幸は蜜の味、で遊ぶ事多いから大丈夫だと思うよ。んじゃ僕達帰るから、殿下よろしく〜」

 手を振って去っていく柚木を見て、影山は改めて頭を下げて朔夜を連れて帰ってしまった。
 一連の流れを黙って聞いていた田中と西谷は膝を付いて嘆いた。

「やっぱり実在するんじゃねぇかよ!ラッキーすけべ!」
「くっそぉ影山が死ぬ程羨ましいぃ〜!」
「まだ言ってる……」

 縁下が呆れていると、いつの間にか現れた澤村が田中と西谷の肩に手を置いてゆっくりと言った。

「田中、西谷。今後、その単語を口にする事を禁ずる。分かったら返事」
「「 はい〜!! 」」

 ラッキーすけべなんて、そんな都合のいい事はない。
 そう、多分無い筈だ、と澤村は朔夜と影山の後ろ姿を見ながら言い聞かせていた。

「アイタァ!私の右足が左足を陥れる !! 」
「ただ自分の足に躓いただけだろうが !! てかなんでまたスカートの下、履いてないんだよ !! 」
「イヤン!飛雄たんのえっち!」
「自衛をしろ!」
「何色だった?」
「…………水色」
「えっちむしぃ~!」

 そう、ラッキーすけべなどない、筈だ、と頭痛を感じながら。
(2021,5,5 飛原櫻)

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