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たまには、甘えてみようか

 

 

「飛雄たんに話してない事を他の誰か経由で回ってくる、ってのー。んで、伝言ゲームは大抵大元と話が微妙に変わるのがセオリー」
「ん……んん?」

 朔夜の説明が理解出来ていないらしく、影山が別の意味で顔が悪くなっていく。
 普段からこんなやり取りを繰り返していて疲れないのかと周りが思っている中、朔夜は腕を組みながら今日の事を思い出しながら話す。

「今日はそうだなぁ…………あー、飛雄たんが昼休みどっか行ってる間に翔ちゃんと話したなぁ……。ええーっと……」

 日向と何を話したのか思い出したらしく、朔夜はパッと明るい表情で言った。

「そーそー!飛雄たんとかちゅきしまの野郎とか、絶対にツンデレタイプだって話した!で、ツンデレって言うのは好きな人にだけデレるから、甘えてる飛雄たんとか見た事ないねぇ、って!デレ山とデレ島。ぷふー!見てみたい!」

 最後は吹き出しながらに言うのだから、影山の顔がゆっくりと日向の方へと動いた。
 その表情に日向が悲鳴を上げたが、朔夜の発言で何故か自分も巻き込まれていた事を知った月島の嫌そうな顔もあった。
 無論、日向は嘘を伝えてはいない。ただ、部分的な伝え方をした、と言う事だった。

「デレ山デレ雄!デレ島デレ!」
「……いや、君何言ってるの……?本気で気持ち悪いんだけど」

 月島にそう言われた朔夜はスン、と言う表情に変わり言う。

「いや、私だってちゅきしまのデレとか求めてないし、いらない」
「海野さんっ!ツッキーは何時だってクールでスマートな対応するんだからっ!」
「山口煩い……頭痛くなってきた…………馬鹿なの?このオタク」

 はぁ、と溜息を付く月島にムッと朔夜がしたのだけれど、田中はこの流れの中で朔夜に尋ねるのだった。


「で、うんちゃんは影山のデレ?甘えてる?のを見てみたいんじゃねぇのか?」
「甘えてる飛雄たん?」

 小首を傾げる朔夜に田中はうんうんと頷きながらに、伝え続けた。

「そーそー。俺らも影山本人もさ、『甘えてる影山』ってのが想像付かなくてさ。うんちゃんは影山にどんな感じの甘え方して欲しいんだ?」

 影山が言いたい事を全てサラッと田中が悪気も無く、また影山の代わりの様に言ってしまう。
 尋ねられた朔夜はと言うとじーっと影山の事を見上げるだけで、何も言ってこない。

 興味津々、と言った眼差しではあるのだが、朔夜は影山自身で考えて欲しいのか要望をしてこない。
 自分自身では答えを出せない影山は、再び背中に冷や汗が伝っていくのを感じていく。すると朔夜はちょいちょいと手招きをしたのだ。

「な、なんだ……?」

 鼓動が速く、煩くて朔夜の声を聞き落としてしまうのではないかと、出来るだけ前屈みになった。
 するとぬっと朔夜の手が伸びてきて影山は反射で身構えた。しかし朔夜の手は優しくぽん、と影山の頭の上に置かれる。

「…………?」

 影山は普段朔夜の頭を掴む事はあるが、掴まれる事はない。何故朔夜に頭を掴まれたのかと思っていると、朔夜の手がゆっくりと前後に動き始めた。

「よしよし、飛雄たんよしよし」

 朔夜の発言に、影山はやっと自分が何をされているのかが理解出来た。


 頭を掴まれていたのではなく、撫でられていたのだ。


「飛雄たん、知ってるぅー?」
「何を……だ?」

 大人しく動かず、頭を撫でられたまま尋ねると、朔夜は言った。

「でっかい人って頭撫でられる事ないんだってぇー。ほら、頭届かないから。飛雄たんもでかいし、なでなでされないでしょー?」

 言われた影山は朔夜に頭を撫でられたまま、自分の過去の記憶を辿ってみた。
 最後に頭を撫でられたのは何時だろう。中学校は確実にない。小学生の頃ならば、低学年の時であれば一与に撫でられていた気がする。
 一与は中学時代に亡くしているが、一与の入院と自身の成長。男と言う性別からか自然と撫でられる、と言う事がなくなっていった。
 別に頭を撫でて欲しい、と思った事が無かったので気にならなかったし、必要性もなかった。
 ……けれど。

「飛雄たんの髪の毛やわっこ〜い。さらさらぁ〜」

 影山からだと小さい筈の朔夜の手なのだが、撫でられているとまるで大きな手に感じた。
 撫でられながらに髪の毛を朔夜の指で梳かれていくと、何故だか心の奥がムズムズするのだ。でもそのムズムズは気分が良いモノであった。
 何年ぶりなのかも分からない撫でられる、と言う感覚感触を黙って受け入れながら考えてみる。
 考えて出てくる感情は、一つだけだった。

(…………心地いい)

 一与には感じる事がなかった感情。祖父に撫でられる事と彼女に撫でられる事は違うのだろうか、とぽやーっとしていると朔夜の手が離れていく。

 名残惜しいと感じながらに顔を上げると朔夜と目が合った。

「どー?」

 にぱにぱと笑顔で尋ねてくる朔夜に、影山はポツリと答えた。


「悪くは……ない」


 無意識に自分の頭を触りながら言う影山に、朔夜は満足そうに付け加えたのだった。

「なでなでええよねぇ〜、幸せになるよねぇ〜」
「そう……なのかも、な」

 影山の同意の返答が嬉しかったらしく、朔夜はぴょんぴょん飛び跳ねながら全身で感情表現をしていた。
 何を飛び跳ねる理由があるのだろうと影山は暫くの間、朔夜の事を眺めていた。
 ただ、もう変な汗も出てこないし、動悸もいつの間にか落ち着いている。
 部活に集中出来る、ともう甘える事など頭の中から抜け落ちていると、朔夜は言った。

「甘えたっ?飛雄たん甘えたっ?」

 その言葉に甘える事を目的にしていた事を思い出した。正直撫でられた事に関しては気分が良かった。欲を言うならばもう少し撫でられていたい。
 けれど、それが甘えたのかは……やはり影山には理解出来ないので分からなかった。

「……分からねぇ」
「そかそか。飛雄たんはツンツンデレなんだからなぁ」
「意味が分からねぇ事を言うな」

 影山はそう朔夜に告げると、まるで何も無かったかの様な表情声色で振り返り、告げる。

「部活、始めましょう」
「自由かよ!おい!結局の所が、俺達はイチャイチャしてる所を見せ付けられただけじゃねぇか!俺も頭撫でられてぇ!」

 素早くツッコミながら膝を着く田中に、西谷は素早く田中の肩を叩いた。
 田中が顔を上げると、西谷は良い顔でグッと親指を立てている。
 それだけで言いたい事が伝わったらしい。田中と西谷は素早く清水の元へ駆け寄ると、頭を下げながらに言った。

「潔子さん!頭撫でて下さい!」
「俺達それだけで春高行けるから頭撫でて下さいっ!」

 朔夜と影山とのやり取りを目の前で見ていた清水は、大きく溜息を付いた。
 何故田中と西谷も頭を撫でられたいのかと考えつつ、甘えたい、と言う行動は誰に取ってもいいのかと影山は考えていた。

「撫でません」

 そうハッキリと清水が言うと、田中と西谷の事など存在しないかの様に谷地と朔夜に話し掛けるのだった。

「それじゃあ武田先生に呼ばれてるし、私達は調理室行こうね」
「らじゃです!」
「ええっ !? お二人の事は……」

「田中と西谷は相手にしていたらキリがないからね」

 焦る谷地の背中を押しながら進む清水に、最初から分かっていたらしく田中と西谷はいつも通りの反応でいた。

「今日もガン無視素敵ですっ!」
「流石烏野の女神っ!」

 田中と西谷の状況にそろそろ雷が落ちそうだと、菅原は急いで二人の襟首を掴んで引き下がっていく。
 それをじっと見ながら見送りつつ、朔夜はへにょっと笑い影山に言った。

「もっかい撫でて欲しい感じ?」
「…………おう」
「飛雄たんの甘えんぼさんめっ」

 前屈みされたのでくしゃくしゃ、ともう一度影山の頭を撫でて、朔夜は清水と谷地の後を追って去っていった。
 その後ろ姿を見送りつつ、もう一度自分の頭を触りながら影山は思うのだった。


(……たまには甘えるの、悪くねぇ……のかもな)


 甘え方は分からない。甘えたいと言う感情も分からない。
 でも、朔夜にされる事はどうしても気分が良くなる。
 そんな風に思う今日この頃であった。





「よしよし」

 それから突発的にだが、朔夜に頭を撫でてもらう事が増えた。朔夜に頭を撫でられている間は気分が良くなるから。

「バレー頑張ればれ!」
「おう」

 気分も良く部活に集中出来ると考えていると、田中がジャンプしながら絡んできたのだった。

「一人だけ幸せしてやがってぇ!先輩からのわしゃわしゃを食らえやぁ !! 」
「はいっ !? 」

 驚くのと同時に無理矢理頭を掴まれると、田中に乱暴に頭を撫でられた。いや、これは撫でられたのではなく、髪を乱されたとしか言いようがない。
 なんとか田中の手を振り払うと、ぐしゃぐしゃに乱れた髪の毛と揺らされた頭にぐったりとしていた。
 乱れた髪の毛を直さねば、と思いながら影山は伸ばした手を止めると朔夜の元へと早足で向かった。

「およっ?飛雄たん、髪の毛どしたの?」
「…………直してくれ」
「へいよぉ」

 手櫛になるが、ボサボサになっている髪の毛を朔夜の指で梳いてもらう。
 撫でられるとは違うが、やっぱり朔夜に頭を触られる感触が心地好く心が暖かくなっていくのが分かった。

「はいっ!おっけー!」

 ニコニコと笑いながらに朔夜に言われたので、髪の毛を触る。乱れた髪の毛が直ったのを確認していると、田中がゆっくりと近寄ってくると、ぽつりと漏らしてきた。

「……影山は良いよなぁ。可愛い可愛い彼女に何時でも頭撫でてもらえて。俺は何度潔子さんに頼んでも無視されるって言うのにっ!俺も頭撫でられてぇよ」

 そもそも田中と清水は恋仲ではないし、田中の完全片想いであり、清水の性格からも答えるのは有り得ない。
 それでもめげずにチャレンジを続けていた様だが、流石の田中も心が折れた様だった。
 嘆く田中の様子を見て、朔夜がついつい、と服の裾を引っ張るので影山は溜息を付いた。
 影山の反応を見て朔夜は笑顔で田中の頭に手を伸ばして言う。

「田中先輩元気出してぇ〜」

 よしよし、と田中の頭を撫でた朔夜なのだが、一撫でしただけでピタッと動きが止まった。

「朔夜、どうした?」

 影山が尋ねながら朔夜の事を覗き込むと、目を輝かせながら朔夜は答えた。

「飛雄たん……ジョリジョリ」
「は?」

 何の事だ、と言う表情になった影山だったが、そっと田中の頭に手を置いて動かしてみた。


ジョリ


 坊主頭は短い髪の毛が生えている。それの触り心地がタワシみたいにザラっとしていたのだ。

「ふぉぉぉぉ」

 坊主頭の触り心地が気持ち良かったのか、朔夜は目を輝かせながらに田中の頭を撫でていた。
 自分の時よりも楽しそうではないか?と思いつつも、影山も確かにこのジョリジョリ感は気持ち良さがある気がしてきた。
 ので、朔夜と同じ様に田中の頭を撫でていた。


「これはこれは……また飛雄たんと違って癖になるぅ」


 幸せそうに言う朔夜の言葉に、影山は少しだけ嫉妬心が出てきた。しかし、田中の事は朔夜は好きで懐いている事を知っている。
 面倒見の良い先輩、として好きなだけだから、その嫉妬心はすぐに消え去っていく。
 朔夜と影山が二人で田中の頭を撫でている。それに気が付いたのは水分補給の為に水飲み場から戻ってきた月島。
 その異様な光景に、ドン引きした顔でつい本音が口から漏れていた。

「えっ……何。……オタップル、気持ち悪…………」

 小さな独り言の筈だったのだが、田中の耳にはしっかりと聞こえていたらしく、今度は田中は月島に絡んでいくのだった。
(2022,8,26 飛原櫻)

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