疎との鳥 籠の禽
問題10 攘夷浪士
「えーみんなもう知ってると思うが、先日宇宙海賊“春雨”の一派と思われる船が沈没した」
真顔で近藤は説明を続けていた。
「しかも聞いて驚けコノヤロー。なんと奴等を壊滅させたのはたった二人の侍らしい……」
すると隣に座っていた十四郎が人に見せる事が出来ない、たるみきった隊士達の事を見て溜息をついているのだった。
「……驚くどころか誰も聞いてねーな」
隊士達はワイワイガヤガヤと騒ぎまくっていて誰一人として話を聞いていないのだ。
「トシ」
近藤がそう一言言うと慣れた様子で十四郎はバズーカーを構えて打ち放った。
ドガン
「 !? 」
会議室から物凄い音が聞こえ、シンと共に庭で遊んでいた優姫は驚いた表情で部屋の方を見るのだった。
江戸のトラブル娘
問題10 攘夷浪士
「?」
そっと襖を開けて優姫は会議室を覗き込んだ。
すると中で近藤が大事な話をしているらしいが、何故か黒こげ姿にになった隊士達が大声を出して返事をしているのだった。
「キュー」
優姫の後を追ってきたシンを見ては口元に指を当ててシー、と言った。
優姫だって子供じゃない。
どんな時に騒いで良いのか、どんな時は騒いではいけないのか、それ位はしっかりと理解出来ている。
今回の会議には自分が入ってはいけないと瞬時に理解したは自分から庭で遊ぶ、と近藤に向かって言ったのだった。
「この二人のうち一人は攘夷党の桂だという情報が入っている。まァこんな芸当ができるのは奴ぐらいしかいまい」
真剣な話の中にふと桂の名前が出てきて、優姫は以前の池田屋事件の事を思い出した。
「……ヅラにーちゃん元気なんだ」
この間は何時の間にか姿を消してしまっていた桂が無事にいると言う事を知り、優姫はそっと中を覗き続けるのだった。
近藤が中で難しい話をたくさんしていて優姫にはさっぱりであったのだが、取りあえず分かった事は今日みんなが仕事で出かけて行ってしまうと言う事だ。
優姫はしゃがみ込んで足下にいるシンの頭を撫でながら寂しそうな声で言った。
「今日もお留守番みたいだよ」
「キュー」
頭を撫でられ、シンは嬉しそうに鳴くのだった。
「今日はね幕府の高官の人の護衛に行かないといけないから優姫ちゃんはお留守番しててね」
仕事へ出かける準備が整った近藤は優姫の頭を撫でながらそう言ってきた。
「暇になったらお菊さん達と一緒に買い物行ったりしても良いからおとなしく待っててなァ」
「うん」
大きく頷いた優姫に安心をし近藤達は屯所を後にした。皆が出かけていく後ろ姿を見ながら、優姫は寂しそうな表情で昔の事を思い出すのだった。
『ねえ、次は何時来てくれるの?』
本当に寂しそうな表情で見上げてくる優姫を見て母親は無理矢理笑顔を作って言った。
『優姫が良い子にしていたらすぐに会いに来てあげるわ』
『本当に?絶対に?』
何度も尋ねてくる優姫の目線に合わせて母親はしゃがみ込むとにこっと微笑んで頷く。
『約束ね』
そう言うと母親は優姫の祖父母といろいろと話をして去って行った。
その後ろ姿がどんどん小さくなって行くのを、七歳の優姫は見えなくなるまでずっとずっと見ているのだった……。
「…………」
寂しそうな表情でいる優姫の事が心配になったのかシンが着物の裾を噛んで引っ張るのだった。
シンに裾を引っ張られるといつもの表情に戻った優姫がにぱっと微笑んで言うのだった。
「何して遊ぼうか?」
◆
「シン――、何してるの――――?」
急にかしゃかしゃと塀を登りだしたシンの事を優姫は呼ぶ。
「危ないから降りてきて――」
そう言っても全く戻ってくる様子の無いシンに、優姫は一生懸命塀を登って後を追おうとした。
しかし身長の低い優姫が登れる筈もなく、困り果てていると塀の向こう側へ降りたシンにあ、と声を出すのと同時に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……なんだテメェ」
シンが丁度降りた所に居たのだろう、シンの首元を掴んでいる姿が容易に想像出来、優姫は急いで裏門から出ると叫んだ。
「晋助!」
出てみると案の定其処には晋助の姿があり、いつもの様に目立つ着物に煙管に笠を被っているのだった。
ぽすっとそんな晋助の腰に優姫はしがみついた。
「よォ。元気そうじゃねーか」
わしゃわしゃと優姫の頭を撫でながら晋助は掴んでいたシンをの頭の上に落とす。
「コイツはァお前のペットかなんかか」
キューと鳴いたシンを見ては言った。
「こらシン駄目でしょ――勝手に外出ちゃ」
そう怒るとシンは反省したのか小さく鳴くとおとなしくなった。
「クク……大分懐いてるみてェだな」
自分が掴んでいる間はバタバタと暴れていたのだが、優姫が現れた途端ぴたりとおとなしくなったシンを見て高杉は笑いながら言った。
「お友達なの――」
へにゃっと笑って言う優姫を見ると晋助は満足したのかを背にして煙管の煙を噴かせて言う。
「来島に言われて見に来たが特に問題もねェみてェだな」
歩こうとした瞬間、袖の裾をに捕まれ小さく振り向いて言った。
「どーした?」
「……………」
無言で何も言わない優姫の事を晋助は黙って見下ろすのだった。
誰かが去って行くのを見るのは好きじゃない。もしかしたらもう帰ってこないかもしれないから。
『また』と言う言葉が『最後』と言っている様な気がするから。
ぎゅっと裾を掴む力を強くした優姫に対し、晋助は煙を思いっきり吹き出してから一言言った。
「なんか甘ェモンでも食いてェ気分だな。ついて来るか?」
その一言に優姫はパァッと顔を輝かせて言う。
「行く !! 」
本当に嬉しそうな表情をした優姫に一瞬ドキンとしたのだが、何事も無かった様に晋助は歩き出す。
するとすぐ後をが追ってきてちらちらと自分の手を見ているのに気が付き、さっとその手を握りしめて言うのだった。
「うろちょろしてると置いてくからな」
「置いてっちゃやだ !! 」
泣き出しそうな優姫の表情を見て、晋助は大きく肩で溜息をつきながら言った。
「仕方ねェ姫さんだな」
「置いてかない?」
心配そうに見上げて言う優姫に晋助はクク、と笑ってから言う。
「置いていかねェよ。何処にも、な」
その返事を聞き、優姫は嬉しそうに微笑んだ。
◆