疎との鳥 籠の禽
問題3
コレステロールって気にしないの?
「へえ優姫ちゃんて言うんだ」
「うん、近藤おにーちゃん此処で一番偉い人なんだね」
「おにい……」
にっこりと笑顔で言った優姫の一言に近藤はじーんと心に染みていた。
「近藤さん周りからゴリラ言われまくってるもんでェ、お兄ちゃんなんて言われて物凄くゥ喜んでる」
天から天使が降っているいるのか近藤は一人幸福に満ちあふれた表情でいる。
「近藤さん何へらへら話してるんだ。女子供だろうが真選組屯所にやすやすと民間人入れやがって」
「トシィィィィィ!優姫ちゃんは良い子だぞぉ!」
ぎゅ―っと優姫を抱きしめる近藤を見て、土方に呆れ顔をされるのだった。
(…………この人……えっと土方十四郎にーちゃんだけ凄い警戒してる?)
ぴりぴりとした張りつめた視線を向けてくる十四郎を見て優姫はそう思った。
「近藤さん偉く気に入ったみたいですねェ」
「総悟、俺は今までゴリラゴリラ言われまくって来たけど『おに―ちゃん』なんて愛らしい声で呼ばれたの始めてだっ」
ぎゅ―っと優姫を抱きしめて言うとその力にぱたぱたと暴れた優姫を見て、十四郎は溜息をついてから軽くその腕をぴっぱった。
すぽん、と近藤の腕の中から抜けた優姫はそのまま十四郎の膝の上に座る形になった。
「ぐぉらトシィ―!優姫ちゃんを一人締めするなんてずりぃぞォ―!」
「いい歳こいた大人の男が何馬鹿な事言ってるだ !! 」
ぐわっと拳を作って言う十四郎や近藤の事を見て優姫はむぅ、と考える。
(晋助はこの人達悪い人って言ってたけど…………本当に悪い人なのかな……)
とてもじゃないが悪い人とは思えず、優姫がむーと唸っていると煙草の煙を吐きながら十四郎は言った。
「お前此処に何の用で来た?」
「う?」
「あんな木に登ったりして此処に用が合ったんじゃないのか?」
じ―っと十四郎の事を見ていた優姫はぼろっと言った。
「ど―こ―開いてるよ」
「………………」
わなわなと肩を震わしているいる十四郎の事を不思議そうに眺めていると、総悟がへらへらと笑い言う。
「ほら優姫にも言われてるじゃないですかィ」
「表出ろ!総悟ォォォォォォォ !!」
「 !? 」
急に大声を出した十四郎の膝の上に居た優姫はびくっと反応した。
「ほらほら膝の上にいるお姫様ァ怯えてますぜェ」
「……てめっ」
優姫の事を出され、十四郎はわなわなと怒りを抑えているのだった。
「ま―ま―。で、優姫ちゃん本当に何しに此処に来たんだ?ここは幕府の特別警察真選組の屯所だ。一般人が用事も無く来る事なんかないぜ」
「んっとね――」
優姫は顎に指を当ててから晋助に言われた事を思い出す。
『ただし俺達攘夷志士と関わりある事を言ったら駄目だから分かってるだろうな』
真選組に攘夷志士と関わりある事を言ってはいけないと言われていて、少し考えてから言った。
「あのね、私ここにいたいの」
「「「 は? 」」」
「えっと……お家帰る方法分からないからここにいたいの」
嘘は付いていないので優姫はそう答えた。
「そ―言えばァ優姫見た事ない格好してますなァ」
「これ?これ学校の制服――」
ぴらぴらとスカートを掴んで言うと近藤が素早く言う。
「優姫ちゃ――ん!パンツ見えちゃうからそんな事したら駄目だよ――― !! 」
「パンツ?」
優姫はスカートを見てからぺらっとめくって元気よく言った。
「大丈夫!下にズボン履いてるから !! 」
「そう言う問題じゃねーだろうが!」
後ろにいた十四郎がぐぃ、っと素早く優姫のスカートを下に押しつけて言われたので首を傾げた。
「幼いって無知で罪ですねェ」
総悟が肩を竦めながら言い、優姫は益々不思議そうにするのだった。
「まあ、取りあえずだ。優姫ちゃんはここで保護してあげようじゃないか」
「何言ってんだァァァァァァァァ !! 」
「だって優姫ちゃん可愛いんだもん!」
「んな理由通用する訳ねぇだろうがァァァァァァ !! 」
目の前で戦闘空気が出てきてわたわたと慌てていると、総悟が一人納得した様に手を叩いて言った。
「そんなに気になるのならァ優姫は土方さんの部屋に住ませてもらえば問題解決じゃないですかィ?」
「ナイス総悟!」
「全然ナイスじゃね―よ !! 勝手に話進めるな !! 」
肩で息をしている十四郎を見て優姫はわたわたと慌てた。
「おお落ちついて――」
「俺ァいつも落ちついてるわ」
全然そうとは思えずに困っていると、やっと真面目になったらしい近藤が十四郎に改めて言う。
「行き先が無いって言ってるんだ。こんな女の子町に捨てに行く訳にもいかないだろう?トシが疑ってるのなら総悟の言うとおり側にいて二十四時間監視してればいいだろう?」
「けど…………」
近藤は十四郎の返事を聞かずに優姫の頭を撫でて言っていた。
「と言う事で今日から優姫ちゃんも真選組の一員だからな」
「本当―― !? 」
ぱぁ、と目を輝かせて言う優姫に親指をグッと立てて返事するのだった。
「おうよ」
「わ――い!」
嬉しそうに膝の上で笑っている優姫を見て十四郎は溜息をついた。
◆
「…………」
取りあえず十四郎の部屋に案内された優姫は部屋の中を見回して言った。
「何もないね」
「遊び場じゃねぇからな。必要最低限のモノだけあれば十分だ……って何漁ってるんだァ!」
ごそごそと押入を漁っている優姫を見て十四郎は叫んだ。
「だっておねーちゃんが『男の人の部屋には秘密がいっぱいあるから、行く機会が合ったら漁ってみなさい』って言ったから」
「どんな姉さんだよ……」
額に手を当てて呆れる十四郎を他所に優姫は部屋を漁っている。そんな純粋な優姫の姿を見て十四郎は思うのだった。
(やっぱり攘夷のスパイって考え間違ってやがるのか…………)
どこからどう見てもただの少女にしか見えない優姫。膝の上に乗せた時に分かったが、とてもじゃ無いが戦える肉体では無い。
(やっぱり俺の考えすぎ……か……)
「あれぇ?」
優姫は押入の中からずぼっと何かを取り出すと尋ねてみた。
「これなーに?」
優姫の手にはマヨネーズの空容器が握られていた。
「ああ、マヨネーズの空」
「マヨネーズ?」
優姫は空入れをじーっと見てから言った。
「土方にーちゃんマヨネーズ好きなの?」
「おお、好きだ」
優姫の隣にどかっとあぐらをかいて座ってから手振り身振りで説明する。
「土方スペシャルつーのが最高に美味い。今度お前にも食わせてやるよ」
誰になんて言っても絶対に首を縦に振られる事がない、マヨネーズたくさんの土方スペシャルを勧めてみると優姫はぱぁっと笑顔になって言った。
「うん!食べる !! 」
その完全に純粋で期待に満ちあふれている優姫の目を見て十四郎はぼ、っと顔を赤くしてしまった。
「土方にーちゃん?」
不思議そうに見上げてくる優姫を見て、益々顔を赤くしながら十四郎は言うのだった。
「ほほほほれいつまで座ってるんだ!晩飯の時間も近ェしさっさと行くぞ !! 」
ずかずかと歩いていく十四郎を見て優姫は急いで立ち上がりながら言った。
「土方にーちゃん待って――」
優姫は手に持っていた空入れを見てふと思うのだった。
(一回にこんなに使ってコレステロール気にした事ないのかなぁ……)
「おいてくぞ !! 」
「う、うんっ!」
コレステロールの事を気にしつつも優姫は急いで後を追う。
(こんなガキに惚れるなんて馬鹿な事ある訳ねェよ!)
十四郎は耳まで真っ赤にして先を歩いているのだった。
(2006,8,14 飛原櫻)