疎との鳥 籠の禽
問題4
江戸って京都?
どんちゃん騒ぎも落ち着き、そこら中に隊士が寝ている中、近藤が優姫の所へやって来きた。
「そー言えばさぁ、優姫ちゃん」
「なーに?」
どかっと座ってきた近藤の方へ優姫は目線を移す。
十四郎と総悟と言えば未だに悶えてたり火花を散らしていたりと、優姫は見ていてもよく分からないと判断したのだ。
「優姫ちゃんの名前は聞いたけどさ、名字は聞いてなかったよな?」
名字、と言われた瞬間ぴくっと反応をした優姫に総悟を睨み付けていた十四郎が話しかけてきた。
「ど―かしたか?」
一瞬だけ暗い顔をしたのだがすぐにいつもの笑顔に戻った優姫はにぱっと答える。
「じゃあ今日から近藤優姫って名乗る――。近藤に―ちゃん」
「に――ちゃん大歓迎―――― !!」
優姫の事を抱き上げてくるくると近藤は回った。
「なんですかァ、アレ」
くるくると回転しながら二人の世界へ旅立っている近藤と優姫を見て総悟は尋ねる。
「知らねぇよ。優姫の奴今日から近藤姓名乗るんだってよ」
「へ――もう完全に兄妹になってますぜェ」
肩車をしてもらって上機嫌で喜んでいる優姫の事を見て十四郎はぼそっと呟いた。
「……あいつ何で名字隠すんだ……」
不自然な優姫の行動に不審がるのと同時にガツン、と言うどでかい音が鳴った。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁデコ割れるゥゥゥゥゥ !! 」
調子に乗って肩車でそこら中を走り回っていたら案の定、優姫はドアの上に額をぶつけたらしい。
「ギャアァァァァァァ優姫ちゃん!今に―ちゃんが助けてやるからなァァァァ !! 」
わたわたと慌てふためく近藤をよそに、十四郎は床でのたうち回っている優姫の事をひょいっと抱き上げて言った。
「調子に乗って走り回るからだろうが」
額を抑えている手をどかして見てやると赤くなっていた。
「あーあー、赤くなってやがる。仕方ねえ、冷やしに行くか」
「痛いィィィィ」
きゅう、と小さく縮こまっている優姫の事を宥めながら言った。
「おうおう分かったつ―の」
「優姫ちゃァァァァァァァん!」
床に倒れて手を差し伸べている近藤を見て十四郎は呆れながら総悟に言った。
「取りあえず塗れ布巾でももらいに行くから、テメェここの片付けと近藤さんど―にかしてろ」
「嫌ですさァ。替われ」
即答した総悟に十四郎は大きな溜息をついた。
「やれ」
◆
「ほれ手ェどけろ」
十四郎は自室の布団に優姫を転がしておくと濡れ布巾を持ってきて言った。
「い―た―い―」
額を抑えたままコロコロと転がっている優姫に大きな溜息を漏らしながら、捕獲して膝の上に座らせてもう一度言った。
「どけろ」
「う゛~~~~」
諦めたのか額からやっと手をどかした優姫に呆れつつも、濡れ布巾を当てて冷やしてやった。
「気持ち良い~~」
額にくる冷たい感覚に暴れていた優姫がやっと大人しくなり十四郎はホッとする。
余程気持ち良いのか優姫は目を閉じたまま、十四郎の着物の裾を軽く掴んでいる。そんな優姫の姿を見て十四郎は無意識に身体が動いてしまった。
一瞬だけの行為だったが目を閉じている優姫の瞼の上にそっと口づけをした。
「う?」
目を閉じていたので何があったのか分からなかったが、一瞬何かが触れてきた事だけは分かり、不思議に思って目を開けた。
其処には口元を押さえて耳まで真っ赤にしている十四郎がいた。
「土方に―ちゃ……」
声を掛けた瞬間にいきなり抱きかかえられていた手が離れてしまった為、優姫は後頭部をぶつけまた頭を抱えて悶えるのだった。
「いたァァァ !!!! 」
後頭部を押さえ込んでいる優姫の事など全く気付かず、十四郎は口元を押さえたまま固まっていた。
(俺今何してっ… !! )
無意識だったけれど身体が優姫の事を求めていたのかキスをしてしまった。
(落ち着け俺……こいつ何歳だと思って…っ)
(これじゃあ完全に変態じゃねーかよっ!)
自分の意外過ぎる趣味に悶えていると痛みが治まったらしい優姫がひょいと覗き込んできた。
「土方に―ちゃん?」
いきなりの優姫のどアップに十四郎は座ったまま部屋の隅まで下がってしまう。
「 ???? 」
いきなりの反応にどう答えれば良いのか分からず、出しかけたまま止まっている手を見て優姫は反応を待っていた。
一方の土方はなんと話しかければ良いのか分からず、顔を真っ赤にしたまま優姫の事を凝視していた。
(ととととととにかく落ち着……落ち着けェェェ !! )
自分に怒鳴りつける事でなんとか落ちつこうと葛藤していると、何時の間にか目の前まで来ていた優姫が額に手を当てて言うのだった。
「顔赤いけど大丈夫?」
軽く首を傾げて尋ねて来た優姫の手をぎゅっと握りしめ、無言で十四郎は見つめた。
「?」
何も感じていないのか優姫は全く表情を変える事なく首を傾げる動作をし十四郎は優しく、けれど力強く抱きしめた。
「土方に―ちゃ……ん?」
何度呼びかけても返事の無い十四郎の事を心配そうに呼びかけると無言で、それで真剣な眼差しを十四郎はしていた。
「ひじ……」
両肩を捕まれるのと同時に引き寄せられ唇が後五センチで触れそうになった時、
「湿布持って来たよォォ優姫ちゃ――――ん !! 」
すぱ―ん、と勢いよく襖が開いて救急箱を片手に持った近藤が勢いよく入ってきた。
「ん?トシ何してるんだ?」
近藤は十四郎の姿を見てそう尋ねた。
十四郎は優姫の両肩を掴んだままゼェゼェと呼吸をしているのだ。
「土方……に―ちゃん?」
優姫は何が起きていたのか全く分からず、変な状態である十四郎の事をぽか―んと見ている。
「マジでヤベェ…………」
もし近藤が来ていなかったらきっとキスしてしまっていた。