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日向翔陽と飴玉

 

 

 誰も居なかった事は道に入った時に見ていた。少し薄暗く、ちょっと怖いと思った位である。そんな場所だからきっと昂りを落ち着かせられると思い、自転車を止めて深呼吸をしていたのだ。
 そうしていたら、急に生温い風が吹いて誰かの気配を感じた。

 


「お兄さん。アンタ、恋をしているだろう?」

 


 突然背後から尋ねる声。それは嗄れた老婆の声で、日向は全身に鳥肌が立つのと同時に軽く悲鳴を上げてしまった。

 

「ヒィッ !? 」

 

 驚きながら振り返ると、やはり老婆が一人いつの間にか立っていた。
 心臓が飛び出る程の驚きに冷や汗をかいていると、老婆は同じ事を繰り返す。

 

「アンタ、恋をしているだろう?」

 

 恋、と言われて脳裏に浮かんだのは彼女の笑顔。
 ボン!と顔を赤くして答えられずにいると、老婆は笑いながら着物の袖口に手を入れて何かを取り出そうとしていた。

 

「こっ恋って!」

 

 裏返る声でやっと答えていると、老婆は日向にすっと手を差し出してきた。
 皺まみれの掌に乗るのは、二つの透明な包み紙に包まれた飴玉。
 濃いピンク色の飴玉と紫色の飴玉。

「……飴?」

 何故恋をしている、と言われて飴を出されたのかと日向は見入っていると、老婆は言う。

「これは欲望を叶える魅惑の飴。アンタ、想い人と結ばれたくないかい?」

 

 その言葉に日向は彼女と恋人同士になれた姿を想像してしまった。
 指を絡ませ合いながら手を繋いでデートをして、キスをする。そして、ベッドの上に彼女を押し倒して……。

 

「正直な子だ。顔に全部出てるね」
「 !! 」

 如何わしい妄想をしていた事を言い当てられ、真っ赤になって言い返せずにいると、老婆は飴玉を触りながら説明をしてきた。

「想い人と結ばれたかったら、最初はこのピンクの飴から使うんだよ。二人っきりの場所で口に含んで、想い人に口渡しするんだよ」
「くちわっ !? 」

 

 つまり、それはキスをする事ではないかと、日向は驚き言葉が全て出なかった。
 けれど老婆は日向の初々しさ等関係無いと、話をどんどん進めていってしまう。

 

「口渡ししたら想い人の口内で飴を舐め合うんだよ。自分の舌の上で転がし、想い人の舌の上で転がせる。そうして口中に飴の味が広がりきったら、口を外して想い人の好きな所を口にするんだ」
「す、好きな所……」

 

 ゴクリ、と生唾を飲む日向に老婆は話を続ける。

「好きな所を伝えたらまた口付け合い飴を舐める。そしてまた好きな所を伝える。それを五回繰り返したら飴が無くなるまで舐めな。舐め終わった後に自分の名前を呼ばせてごらん。普段と違う呼び方をしたら、想い人はアンタに惚れた証拠だよ」
「ほ、惚れ……」

 彼女が自分に惚れたりしたら、と考えただけて掌が汗でぐっしょりとしてしまう。
 しかし、ふと日向は疑問に思った。

 

「で、でも……何で飴を舐めて好きな所を伝えただけで、惚れられるん……ですか?」

 

 日向が尋ねると老婆はあっさりと答えた。

 

「それはこれが悪魔の惚れ薬だからさ」
「ほっ惚れ薬っ !? 」

 

 そんなモノが本当に存在するのか、と言うか惚れ薬じゃ……。

 

「そそそそんな彼女の気持ちを無視する様なモノっ……」
「結ばれたくないのかい?」
「っ!」

 見上げて尋ねてくる老婆に声が詰まる。だれだって好きな人と結ばれたいに決まっている。
 でも惚れ薬、なんて相手の意志を無視する様なモノを使うなんて……、と戸惑わずにいられない。

 

「まぁ、使うも捨てるもアンタの自由にするといいよ」

 

 そう言って日向の手に無理矢理飴玉を押し付けてくるので、日向は受け取ってしまったと慌てる。

 もう自分の手の中に悪魔の惚れ薬がある。どうしようと困惑していると、老婆は思い出した様に言う。

「あぁ、そうだった。紫色の飴の方の説明を忘れていたね。そっちの飴は……」

 

 続けて飴玉の説明をした老婆に、日向はゴクッと生唾を飲まずにはいられないのだった。

 


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