疎との鳥 籠の禽
日向翔陽と飴玉
「…………」
日向は自室の机の上に伏せりながら、転がる二つの飴玉を見ていた。
これを使ったら彼女と恋人になれる。日向の事を好きだと言ってくれる様になる。
でも、それは惚れ薬の効力であり、彼女の本心ではない。
彼女の心を無視する様な事はしたくない気持ちと、彼女の心を操ってでも手に入れたい気持ちに揺らいでしまう。
『日向君』
コロコロと鈴の様に笑う彼女に会いたい。飴の事は関係無く。
会って話をしたらこんなモノ使いたいと思わなくなるかもしれない。
貰ったカップケーキをガブリと噛み付き、口中に甘い味が広がり日向は小さく呟いた。
「…………滅茶苦茶美味しい」
◆
あれから十日。飴玉の事ばかりを考えていて、日向はやってしまった。
上の空で過ごし過ぎ、数学の小テストで一桁を取ってしまい、それをまた運悪く澤村に見付かってしまったのだった。
「……日向、分かってるよな」
「は……はい」
部室の畳に正座をし、目の前には仁王立ちの澤村。勿論お怒りの。
「折角赤点回避の為に勉強をして、それはこれからもって約束だったよな?」
「……はい」
日向の返答に、小テストの答案用紙をぴらりと持った澤村は黒い笑顔で言う。
「じゃあこの点数はどう言う事だ?」
「すっすみませんっ!」
ガバッと土下座をした所で、テストの結果は変わらない。
澤村は改めて答案用紙を見ると、笑顔で、はっきりと告げるのだった。
「今週末の練習試合、日向は欠席な」
「そっそれだけはっ……」
許してくれ、と言う前に肩をガシッと掴まれ、圧のある声色で澤村に言われた。
「今週末はがっつり一夜漬けじゃない勉強をしてくる事。月曜日にノートしっかり見せてもらうかなら」
有無言わせぬ澤村の言葉に、日向は真っ白になってしまうのだった。
◆
日向は携帯をポチポチと押しながらメールを送っていた。
今週末の練習試合。本当だったら彼女が見に来てくれる筈だったのに、欠席にさせられてしまい、自主勉をしなければならなくなった。
普段だったら谷地や山口に助けてもらう所だが、二人は練習試合があるので無理であり、一人でやるしかないのだ。
『本当にごめん。テストで悪い点とっちゃって』
そう最後に文章を打ち込み、メールを送信した。
数分後に携帯が鳴り、すぐにメールフォルダを確認した。
『たまに悪い点取っちゃう事あるよね。私は大丈夫だよ。試合もこれからまだまだいっぱいあるんだよね?また次にある試合は絶対に見に行くからね』
メールの文章だけを見て心が救われて、ベッドに倒れ込んだ。
これでまた彼女に会えるのが何時になるか分からなくなった。バレーも禁止。
もう週末は夢も希望も無い、と思ってボールを抱きしめていると、再び携帯が鳴った。
彼女から連続でメールが届いていて、こんな事始めてだとドキドキしながら本文を見た。
『そうだ、それじゃあ週末一緒に勉強しない?私丁度小テスト前で勉強する予定だったの。一人よりも二人の方が捗るかもしれないから、日向君が良かったらどうかな?』
メールの文章にボールを落として画面に見入る。これはもしかしなくても勉強会と言う名のデートなのでは、と興奮してしまった。
日向は震える手で急いで文章を打ち込みメールを送れば、数分経つとすぐに返事は返ってきた。
『図書館とかがいい?日向君が図書館苦手だったら、私の家でも良いよ?』
彼女の家への誘いのメール。行きたいに決まっている。
日向は今まで生きてきた中で一番の指の速さでメールを打ち込んだ。
憧れの彼女の部屋に行けるなんて、小テスト様様である。
「……っはぁ〜〜」
週末の勉強会の約束を取り付け、日向は胸いっぱいに息を吸い込んでは吐く。
週末が楽しみで仕方ない。
彼女の部屋はどんな部屋なのだろうか。考えるだけで動悸が早くなっていく。
きっと彼女に似合った可愛い部屋なんだろうなぁ……と日向は幸せな気持ちで机の上にあるカレンダーを見ようとして、視線が止まった。
机の上に無造作に置かれている飴玉二つ。
夏には絶対に触るなと伝えてあるので、まだ飴玉は手元にある。
『これは悪魔の惚れ薬』
「…………」
日向は飴玉から目が離せないのだった。
◆