疎との鳥 籠の禽
岩泉一と飴玉
「普段だったら怒っちゃう所だけれど、恋するボウヤは可愛いから、特別に許してあげるわ」
「あ、……ありがとう……ございます」
美女の機嫌が良くて良かったとお礼の言葉を口にしていると、美女は己の唇に触れながら思い出したかの様に、上を見ながら言った。
「そうだわ。恋するボウヤにピッタリのイイ物を私持ってるのよね」
「イイ……物?」
首を傾げかける岩泉に、美女は持っていた小さな黒色ポーチから飴玉を二つ取り出したのだった。
「飴玉?」
好きな子にでもあげると良い、とでも言うのかと思うと、美女は飴玉二つを器用に指の間に挟んで言ったのだった。
「これは欲望を叶える魅惑の飴。好きな子の心、自分に虜にさせたくはない?」
「………………は?」
突然の言葉に岩泉の頭はフリーズした。
今、美女は何て言ってきた?彼女の心を自分の虜に?
「この飴玉を使えば、ボウヤが好きな女の子、ボウヤの事を好きになるわよ」
美女の説明に岩泉は混乱せずにいられない。
飴玉二つで彼女が自分の事を好きになる?そんな事ありえたら、そもそも自分は苦労していないのだから。
「い、いや……何を言って…………」
岩泉の言葉に美女はふふっと妖艶に笑いながら言うのだ。
「好きな子と結ばれたかったら、最初はこのピンクの飴から使うのよ。二人っきりの場所で口に含んで、好きな子に口渡しして与えなさい」
美女の言葉に、それは彼女とキスをしろ、と告げられていると理解した岩泉は、反射の様にすぐに答えた。
「はっ !? それってつまりアイツとキスしろって事じゃねぇかっ!」
そんな事出来る訳がないと言いたかったのだけれど、彼女とキスしたいと思ってしまって言葉が喉につまってしまった。
「口渡ししたら好きな子の口内で飴を舐め合うの。自分の舌の上で転がし、好きな子の舌の上で転がせて。そうして口中に飴の味が広がりきったら、口を外して好きな子の好きな所を口にしなさい」
「しなさい、って……」
そもそも口の中で飴玉を舐め合う、なんてディープキスである。普通のキスすらした事の無い相手にいきなりディープキスなど、無理があり過ぎる。
「好きな所を伝えたらまた口付け合い飴を舐める。そしてまた好きな所を伝える。それを五回繰り返したら飴が無くなるまで舐め続けてね。そして舐め終わった後に自分の名前を呼ばなさい。普段と違う呼び方をしたら、好きな子はボウヤに惚れた証拠にだからね。ふふっ、誘惑されたかしら?」
相手を惚れさせる飴玉なんて聞いた事が無い。そもそも信憑性もなくて、彼女に嫌われる原因を作るだけだと岩泉が思った。
が、その考えすら読まれたのか、美女はクスリと笑ってから言い放った。
「知ってる人がいないのは当然。だってこれは悪魔の惚れ薬なんだもの」
「あく……ま?」
確かに目の前にいる美女は美し過ぎて、悪魔だと言われたら信じてしまいそうになる。
でもここはファンタジーの漫画の世界ではない。
大人にからかわれているのではないのかと、話を聞いてしまった事に耳が赤くなってしまう。
すると美女はヒールの音をカツカツと鳴らしながら歩み寄り、岩泉の掌にコロンと飴玉を落として言う。
「もう今ボウヤに飴玉はあげちゃったわ。もう飴玉はボウヤのモノだから、捨てるのも使うのもボウヤの自由よ」
「いや……俺は…………」
岩泉は手にある飴玉を見ながら言葉を探していると、美女に言われる。
「好きな子の彼氏になりたいんでしょ?」
「そ、それは……」
そんなのなりたいに決まっている。仲良いい幼馴染から恋人になれるならば、なりたいと答えるのは好きなのだから当たり前だ。
「ふふっ……。じゃあボウヤが使いたくなる様に、コッチの飴玉の使い方も教えておかなきゃね」
美女の長い指が岩泉の手の上にある紫色の飴玉を転がして言う。
そうだ。飴玉は二つなのに説明は一つしかされていない。
てっきり二つとも同じ効果を持っているのかと思ったのだが、違うらしい。
「こっちの飴玉はねぇ……」
美女が余りにも絵になる様に髪の毛をたくし上げながら説明するのを、岩泉は聞き入ってしまうのだった。
◆
「おっじゃましまーす!アレ?おばさんいないの?」
「町内会の飲み会あるとかで、隣の早川さんと早々に出掛けて行きやがったよ」
月曜日。約束通り、髪の毛を切る為に彼女が岩泉の家に訪ねてきた。