疎との鳥 籠の禽
岩泉一と飴玉
今日来ると母親に伝えたのに帰ってきたら、ルンルンと飲み会に行ってくると言われたので、人の話を聞いていないな、と岩泉は呆れてしまった。
「なんだ。お母さんがおばさんに、って菓子折り持たせてくれたのになぁ〜」
残念、と言う様子の彼女に土産ならば台所に置いておけば十分だと告げると、彼女はまるで自宅の様に岩泉家への入っていく。
そんな彼女の後ろ姿に溜息を漏らしながら、岩泉は部屋に置いてある飴玉の事を思い出していた。
飴玉を使う条件に『二人っきり』があったので、親がいたら成立しないのだし、使う使わない以前の問題だと思っていたら、まさかの二人っきりになってしまった。
(まるでアレを使えって言われてるみたいじゃねぇか……)
全く脈ナシの彼女。
告白しても本気にされないかフラれるかのどちらかしか考えつかない。
(いやいやしっかりしろ!岩泉一!常識的に考えて、そもそも媚薬も悪魔も存在する訳ねーだろうがっ!)
きっとその道の女の男を口説く常套文句に決まっているだろうと、答えを導き出した。
(どーせ実らないんだし、飴は捨てるぞ……)
首を振っている間に彼女は勝手に岩泉の自室に入っていたらしく、呼ぶ声が聞こえる。
「岩泉ー?何してるのー?」
「わりぃ、すぐ行く」
くだらない事を考えて悩むだけ時間の無駄だと、岩泉は気持ちを切り替えて部屋へ入っていった。
◆
「あっ、そう言えば及川に聞いたよ?」
「あ?クソ川が何ほざいたんだよ」
彼女の口から及川の名前がきてつい嫉妬からキツい言い方をすると、彼女は笑いながら言った。
「アンタ達二人の今後の方向性の話」
そう言われて岩泉は準備をしていた手を止めて彼女の事を見た。
「及川アルゼンチン行くとか本気?で、岩泉はアスレティックトレーナー目指すって聞いたけど」
「……アイツお喋りだな。明日ボコっとくわ」
進学の話をいつの間にしたのだろうと思いながら、ハサミと新聞紙を持っていくと彼女が岩泉に向かって頼み込んでいるポーズをしていた。
「何が希望なんだよ……?」
「アスレティックトレーナー目指すって事はちょっとアキレス腱伸ばすマッサージとかも出来るっ?」
「正式な資格はこれから取っていかないと話にならねぇけど、なんだ?何処か痛めたって事か?」
尋ねると彼女はバツの悪そうな顔で笑いながら答えた。
「ちょーっとバレー教室で背中痛めたのか、変な感じするんだよねぇ」
「つまり、俺に筋伸ばし手伝え、って事だろ?もう髪の毛とまとめてやってやるからちょっと待ってろ」
そう言って取り敢えず畳に寝転がせる訳にはいかないと、部屋の隅に畳んであった布団を広げて手招きする。
彼女が岩泉に背を向けながら座るので、腕を持ち上げながら伝えておいた。
「俺は素人なんだから、違和感酷くなったりしたらちゃんとした所受診しろよ」
「りょーかい」
彼女の返事を聞き、岩泉は背筋を伸ばす様にマッサージを始めた。
ちょっと肩凝ってるな、と肘で肩を押していると彼女は非常に気持ち良さそうにしていた。
バレーでここまで肩が凝るものなのか?と視線を落とすと、上からでもハッキリと分かる位に胸の膨らみが分かってしまう。
(…………なんかまた胸デカくなってねぇか?)
上から見下ろす胸元についつい目がいってしまう。
彼女はいつの間にこんなに女性らしい身体付きになってしまっていたのだろうか。
いや、彼女は女性であり、胸が出て尻が大きくなっていって当たり前なのだ。
それを忘れていたのは岩泉である。
(女の……身体)
マッサージを始めた時は全く意識していなかったのに、一度意識してしまうと、彼女の身体に触れる手が熱くなっていく。
それになんだか神経が過敏になって、彼女の身体を調べているかの様に動いてしまう。
すっすっとリンパを伸ばす動きをしつつ、腕を持ち上げて脇の下を触る。
下着があるのがしっかりと分かるし、女特有の肉質を感じた。
(くそっ……好きなの諦められるかよっ……)
そう思ってしまうのと同時に、髪の毛を切る為のハサミの隣に置いてある飴玉が視界に入った。
『好きな子の彼氏になりたいんでしょ?』
美女の言葉が頭をループする。その言葉は次第に岩泉から正常な判断を奪っていく。
あの飴玉を使えば彼女が手に入るのかもしれない。
飴玉を使えば。
「…………取り敢えず終わったぞ」
そう告げて岩泉はスっとハサミを取りに行くフリをして、ピンク色の飴玉の包みを広げた。
綺麗な色をしている飴玉を口に含んでいる間、背後にいる彼女は呑気に腕を伸ばして言っていた。
「ん〜〜、岩泉ってマッサージの才能ありそう。肩めっちゃ軽くなった気がするよ」