疎との鳥 籠の禽
#3 果報
「わぁ、命ちゃんまた当たりだね!」
アイスが食べたくなったので、当たり付きアイスを買った。
そして、毎回の事ながら当たりを出せたのは命だけだった。
「それで当たり三本集まったんじゃねーか?」
俺が言うと、命と出久はお互いの顔を見ていた。そして、命のカバンの中から当たり棒を探すと二本出てきた。
当たり棒が三本になったので、これで次アイスを食べる時は棒と交換になる。
「今日はもう食べられないから、また今度だねっ」
「うん」
命は三本の当たり棒を大事そうにカバンの中にしまっていた。
そして、その時にカバンの中に絵本が入っているのが見えた。
「何だよ、命。お前絵本なんか持ってきたら重くなるだろ」
呆れながらに言ってやると、命はギュッとカバンを抱きしめながらに言うのだ。
「たからもの」
命のその言葉に、俺も出久も何の絵本を持ってきていたのかすぐに分かった。
命の唯一の娯楽であった絵本。その中でも一冊だけ、読み直しをしていたのか、ボロボロになっているのがあった。無論それはヒーローとは無関係の絵本。
月の話の絵本だった。
命の話によれば、前まで住んでいた所は何時でも白くて、それ以外はなかったらしい。
そんな環境で生きてきて、絵本だけが楽しみであった命がたまたま興味を抱いたのが月だった。
暗い空の中に光るモノ、と興味を抱き初めて見せてもらった月は三日月だったらしい。
大きくて、黄色くて、光っていて、皆のモノ。
そう教えられているらしいので、月を『借りている』絵本が宝物となったらしい。
俺には全く分からない感情であるが、命がそれで良いのだと言っているのだから好きにさせていた。
「命ちゃんお月様の絵本大好きだねぇ」
絵本を見ながらニコニコと笑う出久を見て、命は珍しい位に必死に首を縦に振ってアピールをしていた。
その姿を見つつ、命が汗を流しているのを見て溜息を付きながら手を伸ばした。
「重くて疲れてきたんだろ。帰りは俺が持ってやる」
俺の言葉に命は少し悩んでいた。普段ならばすぐに差し出すのだが、今日は宝物が入っているので迷ったのだろう。
それでも小柄な命が絵本をずっと持っているのは辛かったのだろう。おずおずとカバンを差し出しながら、命は俺の事を見てくる。
「落とさねぇよ、絶対に」
俺の言葉に、命はぱぁっと明るい表情へと変わるのだった。
◆
「…………」
一人部屋でベッドに転がりながら、オールマイトのカードを眺めていた。キラキラと光るカードはまるで太陽の様に輝いている。
『へぇ、命ちゃんがそのカード当ててくれたんだ。命ちゃんは果報者だなぁ』
『かほうもの?』
『あー、まだ勝己には難しい言葉だったか。果報、って言うのはよい運を授かって幸福なこと、って言う意味でな』
『ふーん』
『運のいい人、って事』
父親に言われた事をぼんやりと考える。幼稚園児の頭で理解する事は到底無理なのだが、兎に角命は運がいい、と言う事だけは理解出来た。
欲張りは当てられない、と母親が言っていた記憶がある。
つまり、よく当てる事が出来る命は欲張りでない事。更に運がいいと言う事を理解した。
「命の欲しいモノって何なんだろうな……」
毎日一緒に居ても、未だに命の事は分からない事だらけだ。引っ越してくるまでどんな所に居たのか、未だに姿を見せない父親は何をしているのか。
でも命は果報者だから幸福で、今の状況を満足しているのだろう。
俺みたいに次から次へとアレが欲しいコレが欲しい、オールマイトみたいなヒーローになりたい。命が無欲ならば、俺は強欲なのかもしれない。
「運がいい奴が欲しいモノ……」
頭の中で色々と考えてはみるが、どうしても答えは出ない。
そっとカードを置いてから、本棚に並んでいる図鑑から天体図鑑を取った。
命が月のページばかり見るから、そこだけ傷んでいる図鑑。
「月なんかやれる訳ねぇし……」
はぁ、と溜息を漏らしてから図鑑を横にしてゴロリと寝た。蛍光灯の光を見ながら、眩しさと説明が出来ない感情で眉間に皺が寄っていく。
大人だったら良い案が浮かぶのかもしれない。でもその為には親に話さなければならなくて、俺のプライドがそれを許さなかった。
誰かの力を借りずに、自分だけの力で……。
「くっそ……」
寝転んだまま、パラ、と図鑑で黄色く光る月を眺める事しか出来ないのだった。
◆
数日後、出久がトイレに行ったので戻ってくるまで命と二人っきりになった。
今日の命の興味の対象は花らしく、飽きもせずに花壇を眺めていた。
「なぁ、命」
「なぁに、かっちゃん?」
小首を傾げる命の頭を撫でながら、俺は尋ねてみた。
「命は俺と出久が居ればそれで幸せなのか?」
言葉の真意を理解していない命は、すぐに返事を返してきた。
「うん!出久とかっちゃんと一緒がいい」
「それじゃあ……」
「あ、でも、ね」
俺の言葉を遮り、珍しく命が主張してきたので続きの言葉を待った。
命は花壇から空へと視線を動かし、それから俺を見て言ったのだった。
「おとーさん」
「お父さん?」
命の口から父親の事が出たのは、会ってから今日が初めてだった。今まで一切触れてこなかったのに。
「おとーさんに会いたいな。出久とかっちゃんと話するの」
果報者の求める幸せは、俺達にとっては当たり前の事で言葉が上手く出ないのだった。
(2021,10,15 飛原櫻)