疎との鳥 籠の禽
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チラチラッ
「…………」
一大事。
「………………」
なんと言う一大事だ。
「……………………もっふぅ !! 」
REBORNが頭に入ってこない。救急車呼ぶ由々しき事態である。
「oh……てまこ、聞いておくれよ」
テレビを観ている隣でぐーぐー寝ている愛犬に声をかける。寝ていた方は何?と言う表情だけで顔を上げもしない。
「雲雀さぁ――ん !! 」
叫んだら流石に驚いたらしく、ガバッと起き上がってくれたので頭をわしゃわしゃしながら言う。
「てまこっ!クラスになっ!巨人がいてなっ!二次元から来てるんよっ !! 」
犬に説明した所で理解出来る訳が無いし、何よりもいきなり騒ぎ出したので思いっ切りタックルを食らった。
犬の石頭は中々の破壊力である。
「ぐぅ……っ」
タックルを食らった脛を抱えながらボソボソと呟いた。
「………………頭からね、どうしても離れないんよ」
REBORNを観ていれば雲雀さんが出る。最推しで自分はATMだと自覚している程に好きである。
萌えは雲雀さんだけだと言える位に、中学時代は騒ぎ続けてきたのに。
その雲雀さんに思う存分貢ぐ為に部活参加自由、バイトの許可が出る高校をわざわざ選んだのに。
だったのに……。
「………………きれーな後頭部だったなぁ」
曲線の綺麗な後頭部を持つ人は正直少ない。
新生児の時の枕で後頭部の形は決まるのだから、あの後頭部は間違いなく柔らかい枕を使っていたのだろう。
赤ん坊は首が座るまでは、首の負担を減らさなければ命に関わる事が起こる。柔らかいと危険度を上げるだけだから、硬い枕を選ぶ母親も多いと聞く。
そうしたら後頭部が枕の形でストーンとなる事もよくある事。
それを回避した時点であの後頭部は百点満点だ。
「…………雲雀さんだって後頭部素敵に決まってるもーん」
自分自身を言い聞かせる様に呟きながらも顔はむぅ、っとして直らない。落ち着く筈の趣味が落ち着かないで気が散り続ける。
うだうだとソファーの上で転がっていたら母親に怒られた。
「さく、暇ならてまりの散歩にでも行ってきなさい」
散歩、と言う単語に同じくゴロゴロしていたてまりが、耳をピーンと立てて立ち上がってこちらを見ている。
お出かけモードですか、そうですよね。三度の飯より散歩が好きですもんね。
「ふぁーい」
オタク+オタク=?
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もさっと起き上がり、夕飯前の散歩に出掛ける事にした。やらなきゃいけない事だし、身体を動かしたら気分転換になると信じて。
「てまこー。お散歩行こっかー」
散歩。その一言に待っていました、とばかりにお散歩モードのてまりが既に玄関へと向かって移動を始めた。
散歩に連れていってもらうんじゃなくて、散歩に連れていってやるぞ、と言う意識のてまり。
飼い主と飼い犬の上下関係は完全に失敗していた。
「先に行くんかい。別に良いですけどー」
散歩用バッグに散歩グッズを詰め、少しずつ日が伸びてきている外へと出た。
四月の十七時過ぎはまだ肌寒い。宮城なのだから本格的な暖かさはもう少し先になりそうだった。
それでも、雪とさようならした春の散歩はしやすく、花粉症と無縁なので朔夜にとってもしかしたら、春は一番過ごしやすい季節なのかもしれない。
「フンフンフ~」
特に意味もなく鼻歌を口ずさみながら、歩きなれた散歩コースを歩く。
この時期は桜が咲き誇る時期で、見ていて好きな景色が続いている。特に好きなのは青空との組み合わせだ。
空色と桜色の組み合わせは物心付いた時には好きだった気がする。
青空と言ったら向日葵、が一般的なイメージかもしれないが、朔夜にとっては向日葵との組み合わせよりも桜との組み合わせの方が好きだった。
散歩中は色々と興味をそそる物が多く、色々と考えずに済む。……筈。
「…………」
ぼやーっとしてしまうと、どうしてもあの後姿が脳裏を掠めてしまう。
「ぬぬぬん!」
ブンブンと首を振って意識の中から追い出し、散歩を堪能するのだとスマホを取り出し風景を撮影しつつ散歩をして帰宅した。
◆
「はぁ~~~~」
夕食も食べ、お風呂にも入り、後は就寝するだけだ。
まぁ、まだ時間は遅くないので漫画を読むのもよし、ゲームをするのもよし、お絵描きするのもよし、妄想するのもよし。言葉のままだが自由時間だ。
てまりは人のベッドのど真ん中で当たり前の様に爆睡をしていて、相手をする必要もなし。
今日はゲームにでもしようか、とパソコンを起ち上げた。
隊長でも誘ってREDSTONEでもやろうかと、スマホを持ったがやっぱり気が乗らないな、と持っていたスマホを机に置いて伸びをした。
「…………」
何をやろうか決まっていない所為か、心が再びもやっとした。
漆黒の髪はすっきりと切られているけれど、短くも長くもない丁度良い長さ。
スっと切れ長の目はツリ目だが、小さくはない。
お喋りではないのか、仲が良い友達がいなかったのか口数がなくまるで寡黙の様に静かだった。
姿勢はどちらかと言えば良くて、立っている姿勢は綺麗だった。
身長も高くて細身では無さそうな体格から、きっと運動部の人間だ。
スポーツマン、つまり。
「オタクと相容れぬ人種っ!」
別に中学時代に運動部の友達がいなかった訳では無いが、朔夜の友達はどちらかと言えば文化部の方が多かったし、重度のオタクである自分の友もオタクだ。
初めてだと対策の練りようがない。気を紛らわせる事も出来ない。
脳裏に焼き付いたあの後ろ姿が忘れられない。
「…………カッコイイ」
チラチラと脳裏に掠める姿を言葉にしてみたら朔夜の中で一つの対策が閃いた。
「よしっ!」
明日から対策開始だと意気込んだらふっと気持ちが楽になった気がして、朔夜の気分は一瞬にして上昇するのだった。
(2021,4,5 飛原櫻)
隊長と総帥は朔夜程のオタクではないが、人種としてはオタクであり、好きな作品で盛り上がったりゲームしたりしている。
そうなるとガチでオタク社会を知らない相手にはどうすればいいのか、皆目つかない。
そもそも、クラスメイトなだけでまだ相手の名前すら知らないのだが。
「はぁ……はぁあ~」
大きくため息を付いてからベッドに転がる。
二次元と三次元はこうも違うので面倒である。妄想だけで終われる二次元は都合良く、便利だ。
現実はそうはいかないのは勿論分かっているし、二次元と三次元の区別も付く。
今まで好きな人が出来なかった訳でもないので、現実に興味がない訳でも無い。ただ、二次元の男の方が好きだと言う話である。
「困った時はゲームで現実逃避に限る!」
気分を変えようとパソコンに向かい、ゲームを立ち上げてSkypeに隊長がログインしているか確認する。
「あやー、隊長いないかぁ」
ログインユーザー一覧に隊長のアイコンがなかったので、隊長は今パソコンをやっていない様だった。
ソロで出来ないゲームではないが、オンラインゲームならばチームで遊んだ方が楽しい。
仕方ないから一人でやるか、とマウスをカチャカチャ弄るが気分は乗らない。
こんな風に他人が気になって手に付かなくなるのは朔夜にとって初めての経験だった。
初めてだと対策の練りようがない。気を紛らわせる事も出来ない。
脳裏に焼き付いたあの後ろ姿が忘れられない。
「…………カッコイイ」
チラチラと脳裏に掠める姿を言葉にしてみたら朔夜の中で一つの対策が閃いた。
「よしっ!」
明日から対策開始だと意気込んだらふっと気持ちが楽になった気がして、朔夜の気分は一瞬にして上昇するのだった。
(2021,4,5 飛原櫻)