疎との鳥 籠の禽
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彼氏と彼女でぷ!
「……………………」
早朝五時、影山は目の下に隈を作りながら起き上がる。
一睡も出来なかった。体調管理には常に気を遣っていたので、こんな事は初めてである。
バレーの試合が合っても寝られない事が無かった影山に取って、寝られないと言うのは信じられない事でしかない。
「……寝られなかった」
ボソリと呟いてから、眠かろうが日課のランニングに行かねばと身体が訴えるので眠気眼で、出掛けた。
「…………」
眠くて集中出来ない。
朝食を取りながら何度も寝落ちしそうになったし、歩いている今も気を抜いたら寝てしまいそうだ。
これはもう授業中爆睡してしまうだろうな、と考えていた。
寝不足の原因は言わずとも昨日の事である。
(付き合う……これからよろしく……)
言われた事を頭の中で何度も反復する。
そして、興味がない事柄であるとは言え、知識が無い訳ではないので、帰宅してからやっと理解したのだった。
(やっぱり……付き合うって恋人、って事……だよな)
つまり、昨日の呼び出しは告白だった、と言う事だ。
いや、でも付き合って、と言われただけで好きだとか好意の言葉を言われていない。
そう思うともしかして、からかわれているだけの可能性も否定出来ない。
なんせ、ダメ人間だと面と向かって言われているのだから。
考えれば考える程、答えが出てこない。相手は名前すら知らなく、クラスメイトであると言う情報だけが影山に分かる事柄である。
「付き合うって……なんだ?」
ボソリと呟いた瞬間、ぺちっと背中を叩かれた感覚に首だけを動かすと、そこには笑顔の女子が一人。
昨日の、付き合って女子だった。
「おぱろー」
へにゃへにゃと笑いながらに挨拶をされ、相手が誰であると認識した瞬間に、影山の眠気が一瞬にして飛んでいった。
「お……おは…………」
上手く言葉が喉から出てこなく、挨拶すらまともに出来なかったのだが、気にならないのか指摘してもらえなかった。
「いい天気だねぇ〜。ポカポカ陽気」
ルンルンと歩いていく後を、影山は慌てて追い掛けていく。
オタク+オタク=?
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影山から見て小柄である事から歩幅は小さく、すぐに隣に並ぶ事が出来た。
改めて顔を見ようとしたが、影山に見えるのは頭の上で結ばれているお団子頭だけで、顔が見えない。
今まで気に停めた事なんか無かったが、背が低い女子は頭しか見えず、意識しなければ顔を見る事が出来ない事を知った。
(……女子ってこんなに小さい生き物だったのか)
生まれて初めて、影山はそう言う感情を持った。
横を歩いている女子は影山にとって未知の存在のままであり、何なのか分からないと気持ちが落ち着かなかった。
バレーボール以外で、初めて気になる存在。
「ねー」
パッと顔を上げられ、目が合った。
眼鏡をしていて、瞳の色は髪の毛と同じ茶色。影山には美人とか可愛いとか分からないが、普通、と言った所だ。
「今日から部活体験入部始まるよねー。何部?デブ?バブ?モブ?」
後半は何を言っているのか、影山には到底理解出来なかった。ただ、部活の話をしているのだけは分かる。
「……バレー部」
ボソっと呟くと、ケラケラ笑いながらに言われた。
「知ってるー」
「……何で?」
「クラスのオリエンテーションで、言ってたじゃーん」
そう言われ、そう言えば自己紹介で出身中学とバレー部だった事を言った気がしたと思い出した。
自分の事でさえ、気にしていなかったと言うのに、向こうはしっかり聞いて記憶していたのだと思うと、胸の奥がムズムズとしてきた。
眠れなかった事も、この謎の感覚も影山にとって生まれて初めてばかりで、対処が取れない。
他者に無駄に興味を持たずに今まで来たが、同じ様に他者にここまで興味を持たれたのも、初めてかもしれない。
その為には、影山がまず知らなければならない事は一つだけ。
「なぁ……」
「何ー?」
「……名前」
ぼそ、と尋ねるとぽん、と手を叩かれた。そして、背負っているリュックサックからペンケースを取り出すと、影山の手をとって掌に文字を書かれた。
右の掌にデカデカと黒い文字で『うんのさくや』、と平仮名で書かれた。
「はい、名前!」
にっぱにぱと笑顔で言われ、暫く掌を眺めているとパッと先を見て影山は言われた。
「あっ、友達いた!私先に行ってるから!」
そう言うだけ言うと、返事も聞かずに駆け足で走り去って行く。
暫く掌を眺めていた影山だったが、少ししてから気が付いた様に、握られているペンを見て青筋を立てた。
握られているペンにはハッキリとマッキー、と書かれていたのだから。
「……これ…………油性マジック!」
慌てて擦ってみたがやはり油性マジック。全く消える様子が無く、周りに見付からない様にと強く握りこぶしをつくる。
洗ったら消えるだろうか、と怒りながらも名前はうんのさくや、と言うのかと影山は考えてもいた。
学校に到着してすぐに掌を擦る様に洗ったが、やはり油性マジックだ。多少薄くはなったのだが、文字は消えてくれない。
「…………うんの、さくや」
うっすらと残る文字を口にしてみる。名前を見ても、言葉にしてみても全く分からなかった。
そこまで、自分はクラスメイトの事を見ていなかったのか、と影山は思いながら教室に足を踏み入れた。
「………………」
影山はすぐに自分の席には向かわずに、教室内を見渡した。そして、その姿を見付ける事が出来た。
影山の席からかなり離れた窓側の後ろの席に、確かにいた。楽しそうに話し掛けている女子二人がいて、友達がいたのか、と思いながらその姿を黙って見ていた。
本当にクラスメイトだったのか。
苗字があ行であると言う事は、か行である影山とは席がどちらかと言うと近いのだろう。
それでも今まで自分の視界にあのお団子頭は見えなかったので、影山の席よりも後ろ側なのだろう。
チャイムが鳴り、各自自分の席へと戻っていく。それは例外無く、影山の斜め後方二席後の席に着席をしたのだった。
(やっぱり、後ろ側の席……)
そんな事を思っていると、バチッと目が合った。
あからさまに見過ぎていたと目を泳がせると、笑顔で手を振られ、影山は慌てて自分の席へと座ってしまった。
挨拶してきたと言うのに、逃げてしまう様な行動を取って嫌がられなかったか気になったが、影山に振り向く勇気はなかった。
そもそも自分は何でこんなにも振り回されているのだろう、と思い出して来たら頭が痛くなってきた。
(……さっさと確認取ろう…………このままじゃあバレーに打ち込めねぇ……)
昼休みで良いから、ちゃんと確認を取ろう、と影山は心に近いながら、消えきっていない掌の文字を眉間に皺を寄せながらに眺めていた。
◆
昼休み、各自自由に昼食を取りながらの休憩になるので影山はすぐに立ち上がって振り返った。
が、目的の席は既に空席であり、朝と同じ方向に視線を移すととててっと早足て移動している姿を見付けた。
「飯ろー!」
友人二人に向かって話し掛けている姿を見つつ、無言で近寄っていくと友人二人が影山の事に気が付いてくれた。
全く後ろを振り返らない様子に、後ろ後ろと指を指されてやっと振り返ってくれた。
朝ぶりに再び目が合った。そんな事を影山はぼんやりと考えつつ、口を開いた。
「ちょっと……」
控えめな影山の声を聞き、友人達に自分?と指を指しているとしっかりと頷かれていた。そうか自分か、と思ったらしく笑顔で返事が返ってきた。