疎との鳥 籠の禽
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彼氏と彼女でぷ!
「何ー?」
「昨日の事で話したい」
「んー?」
チラッとランチバッグを見て、真顔で返された。
「もしゃってからでもいい?」
至極本人は真面目に言っているらしく、影山は次の言葉が出てこなかった。確かに食事前に声を掛けた自分が良くなかったのかもしれないが、昨日の今日で全くいつも通りだと余計に混乱してしまうのだ。
そんな影山の心境を察してくれたのか、友人の一人がシッシッと手を振りながらに言ってきた。
「殿下さっさと行ってこい」
「えー」
むぅ、と眉間に皺を寄せているが淡々とした口調で言われていた。
「昨日の事だろ。殿下が悪い」
「うん、説明不足の殿下が悪い」
「隊長も総帥もドイヒー」
友人達の言葉に諦めたらしく、ランチバッグを手に取って影山は言われた。
「何処行くー?」
◆
校内の適当な場所へ移動をして、腰掛けた。手ぶらな影山に対して、向こうはがっりと弁当箱と水筒である。
呼び出したのはいいが言葉が上手く出てこないでいると、お構い無しに昼食を始められてしまった。
「…………名前」
何とか絞り出した言葉は朝と同じであり、もぐもぐと口を動かしながら、胸元から生徒手帳を渡された。
それを受け取った影山は生徒手帳を見る。
写真は間違いなく本人であり、名前をゆっくりと見て頭の中で復唱する。
(海野……朔夜、ってこれ読むのか…………)
朝、手に書かれた名前が平仮名だった理由はこの漢字が原因なのだと影山は思った。
多分あの時に漢字で書かれていたら、影山には名前が読めなかったから。
「私の名前ねー、男っぽい名前に、って事にしたらしいんだけど、意外と読めない人多くてねぇ」
そう言いながら水筒の中身を飲んでいる朔夜の事を影山は見た。
名前一つで苦労する経験は影山には無かったので、何と返すのが最善なのかと考えるが、答えが出てこない。
「そっちの名前は覚えたー。影山さん家の飛雄さーん」
キャッキャッと言う姿に、影山は恐る恐る尋ねようとした。
「えと……海野さん、が昨日言った『付き合って』の意味なんだけど…………」
「あー、それねぇ。隊長と総帥に報告したら、『趣旨がねぇだろうが』って言われたんだよねー!そう言えばそーだ」
へらへらとした朔夜の口調に影山はどうも付いていけずにいる。そもそも『隊長』と『総帥』は何者なのだろうか、と要所要所が変で話が脱線しそうになる。
コクコク、と水筒の中身を飲むと改めて、と言った形で朔夜は言ってきた。
「んとね、一週間観察した結果、すっっっごい駄目人間なのが分かってタイプだったら好き!だから付き合って」
駄目人間がタイプとはなんだろう、と思いつつもやっぱり付き合って、と言うのは告白の事であると確信を持てた。
「後は見た目がどストライクー!黒髪短髪ツリ目!」
ここまでド正直に容姿が好きだと言えるのが凄いと、影山は思いながら朔夜の事を見下ろした。
やっと名前が分かっただけの、知らない相手。話したのだって昨日が初めてなのは、お互い様。
好きと言われても分からない。そんな感情を他者に抱いた事が影山には無いから。
「……俺はバレーが好きだ」
「うん?」
小首を傾げる朔夜に向かって影山は続ける様に伝える。最初から変に期待を持たれない様に。
「優先順位はバレーだ。部活優先だし、テレビで試合あれば必ず観る」
言葉にはしないが、優先順位から相手にしない事が多いと告げる。これでやっぱり付き合えない言われても、影山にはなんの問題もないのだから。
すると影山の思惑と異なる、ヘラヘラとした返事を朔夜はするのだった。
「おっけーおっけー!私もアニメ観たいし、漫画読みたいし、ゲームしたいし!」
「…………」
「それに落ち着いたらバイトも始めたいから、全然もーまんたい!」
全く大切にしない、と言う言葉を投げかけられてもいいらしい。それには正直困惑が隠せない。
「んじゃあ、お互いの趣味は尊重する!で !! 」
ずいっと出てきた小指を見ると、朔夜は笑顔で言ってくるのだ。
「趣味邪魔しない、やくそーく」
そう言うと強制的に指切りをした。初めて触れた朔夜の身体は小さな小さな小指。自分と違って柔らかい指だった。
「指切り指切りー!」
まるで幼い子供がする様な約束の仕方だったのだが、不思議と気分は悪くない。それ所か影山は気分が良い気がしていた。
触れる小指が熱い気がする。
(…………俺の、彼女)
心の中で言葉にしてみるが、ピンと来ない。バレーをしている時の様な興奮も、楽しさも、来なかった。
好きでなければ、興味も無い相手。でも彼女である相手。
どうせ長続きする事も無いだろう。きっと相手にされない事に、呆れられるのは目に見えるのだから。
(少しの間付き合えば満足するだろ……)
そう決めつけに近い完結をして、指切りを見つめた。
「手、でかい!いーなー !! 」
約束の為の指切りをしている筈なのに、朔夜の興味は影山の手の大きさに移っていた。コロコロ表情が変わるな、と見ていると小指が離れていった。
(…………?)
離れた事に何故か寂しい、と言う言葉が過ぎり、影山は首を傾げた。何故、そんな風に思ったのか分からなくて。
「それじゃー帰ろ帰ろ!」
弁当箱をランチバッグの中にしまいながら、朔夜はドヤ顔で言い出した。
「私先に戻る!トイレ行ってくる!もしかしたら大きいのかもしれないし、小さいのかもしれない!」
聞いていない、と思っていると朔夜はさっさと立ち上がるとスカートを叩いていた。
昨日の時もそうだが、羞恥心がないタイプなのかもしれない。じゃなければ、話して二日目の相手にトイレだ済ませたいだの、どっちだ、なんて話す訳がないのだから。
「じゃあ教室でね〜。トイレが俺を呼んでいるぅ!」
最後にまた訳の分からない事を言いながら走っていく姿を影山は黙って見送った。
嵐の様に目まぐるしく動きまくる奴だと言うのが、影山の感想。
言ってる事も分からない事が多過ぎるし、返答にいちいち苦労しそうだと思うと気が重い。
でも、バレーを優先していいと言うのは助かるのでよしとしよう。
「………………」
朔夜がいなくなると途端に静寂に包まれた。
一人で居るのに慣れきっている影山にとって、あんなにも話しかけて来る相手は貴重で珍しかった。
そして、いなくなった感覚になんだか変な気分に陥った。
その感情が何なのか、影山にはまだ分からない。
彼氏と彼女だけれど、まだスタートラインにすら立てていないのだから。
(2021,7,19 飛原櫻)