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男だって迷う時は迷うし戸惑う

 

 

「…………」

 気が重い、兎に角気が重い。それが今の影山の心情だった。
 昨日から折角部活動が新入生勧誘も始まり、やっとバレーに打ち込めると思ったら、中学総合の時に当たった奴との再会。
 売られた喧嘩を買ってしまった結果、教頭先生のカツラを飛ばしてしまい、キャプテンの怒りを買ってしまった。
 その結果、部活参加禁止。そしてそれを解いてもらう為に土曜日に試合をする事となった。


 日向翔陽。この原因を作った奴。


 影山の認識はそうなっている。実際は日向も影山も同等の事をしていて、同じ穴の狢なのだが。
 それでも影山は自分には非が無いと思っている。
 何よりも、あんなにバレーが下手な奴と一緒のチームと考えるだけで、憂鬱でしかない。
 そして、その憂鬱を上回る憂鬱がこのバレー部出禁事件を、朔夜に話せる気がしないのだった。



オタク+オタク=?
6ページ目 男だって迷う時は迷うし戸惑う



「今日から部活体験入部始まるねっ!影山君はバレー部?バレー部だろ!」

 昼休み、自販機に買いに行こうとしたら、朔夜がちょろちょろ着いて来て話しかけられていた。
 影山が話返してくれなくても良いのか、朔夜は楽しそうにあれやこれや言っている。一人で喋っていて楽しいのかと疑問になり、影山はやっと口を開いた。

「海野……さん、は?」
「私はバイトするから入らなーい!帰宅部ー!稼いで貢ぐどー !! 」

 誰に貢ぐのかと聞きたかったが、言葉に出来なかったので聞きそびれてしまった。まぁ、どうせ短期間の関係なのだからいいか、と割り切る。

「帰宅部の奴は放課後は大人しく帰る!家でゲームする!」

 ゲームを一つも持っていないので、そんなに面白いのかと思った。それにこの様子では朔夜がバレーボールに興味を持つ事はないのだろう、と。
 が、予想外に朔夜は言ったのだ。

「でも暇だったらバレー部見に行くー!遊びにも行く!」
「……そうか」
「うん!」

 にぱにぱと笑いながら言う姿に気を取られつつ、自販機に着いたのでいつものを買う。そして、少し考えてから言ってみた。

「なんか飲むか?買ってやる」

 特に深く考えてはいなかった。どうせ百円だし、位の気持ちだった。だが、朔夜はぱぁっと目を輝かせながら、影山の事を見上げている。
 そして答えた。

「いーの !? 」

 そんなに喉が乾いていたのか、と驚きながら百円玉を自販機に入れると、朔夜が選んだのは緑茶だった。
 取り出し口から紙パックを取り出すと、朔夜は嬉しそうに言うのだ。

「えへへー、初めてのプレゼントだ」

 その一言にちり、と胸が傷んだ。百円の自販機の紙パック飲料なんかをプレゼントと言うから。


(……もっと別のにすれば)


 そんな事を考えてしまった自分に、影山は混乱した。すぐに終わる筈の関係だ。気遣う理由が何処にあると言うのだろうか。

「大事にするー」

 ギュッと紙パックを握りしめてそんな事を言われ、何て返せば良いのか分からない。
 さっさとそんな物飲んで捨ててしまえばいいのに。なんの価値もないのだから。

(どう対応すれば良いのか分からねぇ……)

 放置していれば良いのか、相手にした方が良いのか。全く影山から話しかけられる事が無いのに、朔夜は本当にそれだけでいいのだろうか。
 一切嫌そうな顔をせず、にぱにぱへらへら笑っている。本心から楽しそうにしている様で。

「買ったから教室戻ろ〜」

 るんるん、と言う擬音がぴったりのスキップをしながら、朔夜は先を歩いている。
 そんな後ろ姿を見ながら、自分は飲んでいるのに朔夜は全く飲む様子がない、と影山は思っていた。

(本当は飲みたくなかったとか……?)

 いや、それにしては朔夜は物凄い喜びようだったから、飲みたくないとかは無い筈、だ。
 そうなると、先程言った『プレゼント』だからになるのだろうか。それが理由で飲まなくて大事に持っていると言うのならば……、心が変な感じになる。
 バレー以外の物を欲しいと思った事がない。必要ないと思っている程だ。
 他人にも何かをあげる、なんて事をしてこなかった。けれど……。


 目の前を進む相手にあげる物は、あれは違ったのではないのだろうか?


 無意識に手を伸ばしていたが、それよりも先に教室に到着してしまい、朔夜は教室の中へと入っていった。
 その後を追うように影山も入ると、朔夜は友人二人に向かって話し掛けていた。
 ずぃっと紙パックを突き出しながら。

「見て!影山君に買ってもらった」
「よし、じゃあ俺が一口で飲み干してやろう」
「隊長ドイヒー !! 駄目だから!」

 サッと慌てて紙パックを隠していると、その様子を眺めていたもう一人が口を開く。

「殿下温くなる前に飲んだら?折角買ってもらったんでしょ?」
「そーだけど、まだ飲まないっ!」
「お茶が可哀想だからさっさと飲め」
「鬼だ!」
「飲まない方が飲み物に取って鬼だろ」
「隊長の正論が心に突き刺さるぅ !! 」

 飲み物一つでよくもまぁ楽しめるな、と遠くから眺める。あの輪に自分は入れないのだから。
 見れば見る程朔夜は未知の存在で、理解に苦しむ相手だった。


 何で喜び、何で怒り、何で悲しみ、何で怒るのだろうか。


 何でバレー以外の事で、ここまで頭を悩まさなければならないのだろうか。
 積極的に他人と関わる事をして来なかった代償が、今一気にのしかかって来ている様な気がしてならない。
 付き合うのを了承しなければ、こんな思いをしなかったが後の祭り。どうする事も出来ない。
 だから、一刻も早く朔夜に飽きてもらわなければならない。
 一週間?一ヶ月?どれだけ待てばいいのか。
 そんな事を考えていると、バチッと朔夜と目が合った。目が合うと朔夜はへにゃーと笑いながら手を振ってくるのだった。

「 !! 」

 反射的に顔を思いっきり背けてしまった。何でそんな行動を取ってしまったのか、分からず仕舞いだが何だか恥ずかしい気がして逃げたくなった。
 一度背けてしまうと戻しにくく、誤魔化す様に自分の机に戻ると、影山は眠くもないのに机に伏せって寝たフリをしてしまった。
 すると、遠くから朔夜の声が聞こえた。

「フラれたぁ〜」
「殿下が執拗いからだろ」
「そーそー、ほっといてあげなよ」
「ぶぅ〜」

 そんな雑談を聞きながら、切実に早く昼休み終わってしまえと影山は強く願っているのだった。




 放課後。やっと心待ちにした部活の時間が来る。
 まだ正式入部は先だが、それでも体育館を使う事は可能だろう。
 楽しみで疼いていると、ツンツンと背中を押し突かれた。自分にスキンシップを取ってくる奴は、今は一人しかいない。
 影山がゆっくりと振り返ると、そこには笑顔の朔夜の姿がやっぱり在った。

「……バレー部行く」

 ボソリと呟くと構わないらしく、朔夜は笑顔で答えてきた。

「私は帰るー」
「……うす」

 これで朔夜から解放されるので、気が楽になるし何も考えなくて良くなる。バレーの事だけを考えられる。
 何時もの自分に戻れるのだ。

「また明日ね〜。あ、でもバレー部の話は聞きたいかも〜」
「……分かっ、た」

 返事をすれば、朔夜は友人二人と教室を出ていった。
 それを見てから、影山は自分の両頬を思いっきり叩いてから呟く。

「……忘れろ、全部忘れろ」


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