疎との鳥 籠の禽
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秘密の特訓は男のロマンである
(これは多分アレだなぁ……)
そんな風に思いながら苦笑いしていると、田中がやっと回復したらしく、ビシッとジャージを着直して咳払いしていた。
何だ?と三人が田中の方を見ると、キリッと本人的にはキメ顔なのだろう。そんな顔で言い出した。
「あー……ゴホン!えぇーっと……影山の彼女ちゃんの海野ちゃん?だっけ?」
「はい!」
「そのーー……見に来たのかなぁ?彼氏の事ぉ?」
「バレー部を見に来ました!」
ビシッと手を上げて言い切る朔夜に、田中はビシッとポーズを決めて答える。
「俺は影山のせーーんぱいの田中龍之介だ」
「おおー!優しい先輩だ!」
目を輝かせて言う朔夜に、田中は鼻高らかに言う。
「そうだ!馬鹿した二人にこーーんなにも優しくしてる先輩だ!」
「あっ !! 」
田中の言葉に声を出したのは影山。全員がなんだ、と影山に視線を送る中、朔夜は尋ね言う。
「馬鹿、した?」
「影山……お前、言ってなかったのか」
菅原の言葉に、影山はしどろもどろに言う。視線も何処を見ればいいのか分からなくて、泳いでしまっている。
「言うタイミングを逃したと言うか……」
バツが悪そうに言う影山の姿を見て、朔夜は目を輝かせた。弱み握った!と言わんばかりの顔だった。
「何した !? 何したっ !? 」
「いや……あの……」
白状したがらない影山に、朔夜は腰をど付きながら、楽しそうに攻撃をしてくる。
「はよ言え!はよ言え!何をしたんだー!」
「いてっ!何で殴ってくるんだよっ !? 」
「白状せーい!」
朔夜を見下ろし、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、影山は諦めて一昨日の事を話すのだった。
◆
一通り、一昨日何が合ったのか何をしてしまったのかを正直に話した。流石に呆れられただろう、と朔夜の事を見ると目を輝かせながらに言うのだ。
「何それずるーい!自分ばっか面白いのしてて!何で呼んでくれなかったのさー!」
ぺしぺしと叩いてくるので、影山はどうすればと思いながら、小声で答えた。
「いや……お前一昨日帰っただろ……」
「そんな面白い事起こるなら、帰らないで着いて行けばよかったぁー!」
「いや……知らねぇよ……」
相変わらずの予想外の反応に影山は困っていた。問題を起こしている事に、落胆も呆れられていない事にも。
それどころか混ざりたかった、と言われてしまい困っていた。
「私も空飛ぶ教頭先生のヅラみたーい!」
「それ口に出したら駄目だからっ!」
ぴー、と言う朔夜に菅原は慌てて口を塞ぐ様に言う。無かった事にしろ、と言うのは口外禁止と言う事である。
どうせとっくに噂が出回っているけれど、それでもバレー部関係者が口にするのでは意味合いが違い過ぎるのだ。
これは、朔夜の興味をすぐにでも他に逸らさなければならない。菅原は急いで自己紹介をした。
「で、二年からは田中、三年からは俺、菅原孝支が二人のフォローしてる感じ、かな?」
「優しい先輩が二人!」
「そーそー」
上手く誤魔化せているぞ、と思っていると菅原の狙いは全く分かっていないが、田中も入っていて言う。
「そうだ!優しい先輩だ!キャー田中先輩(ハート)って言って良いんだぞ!」
「キャー田中先輩!」
「わっはっはっ!もっと言っても良いんだぞ !! 」
「キャー田中先輩やさちー!」
「……もうアレ、単に女子にチヤホヤされたいだけじゃんか」
有頂天になっている田中の姿を見つつ、菅原は改めて朔夜の事を見た。
田中があんな感じになっているが、本来は女子への免疫はなくて、話は余り出来ないタイプだ。にも関わらず、すぐに田中を普段通りに話させているので、朔夜はかなり変わった存在なのかもしれないと。
たった一週間で影山に告白して恋人同士になっているのは、伊達ではなさそうだ。
「そう言えばなんて呼べばいいんだ?」
「なんでもおっけーです!」
「そうだなぁ……」
腕を組んで考えている田中を横目に、菅原はこっそりと影山に声を掛けた。確信をする為にも。
「影山、良いのか?田中と仲良くなってるみたいだけど」
「はぁ……?別に困らないです」
淡々と即答した影山に、菅原は間違いないと判断をして、影山にしか聞こえない様に言う。
「影山さ……勢いに押されて、流れで付き合ってるだろ……」
言われた影山はチラッと朔夜を事を見て、他人事の様に言う。
「はい、どうせ向こうが飽きるまでの付き合いだと思うので、バレー部には迷惑かけないつもりです」
やっぱり恋愛感情あっての付き合いではなかったかぁ、と苦笑いせずにいられない。
まぁ影山の性格を考えた時点で、彼女彼氏、になっているのがどうもおかしいと感じていた。
あの勢いにならば、押されてついつい了承してまった、のも仕方ない気がする。影山ならば尚更だ。
(口数少ないと大変だなぁ……)
影山に気持ちがない事に、複雑な心境になってしまう。かと言って朔夜も見た所、影山好き好き!と言った様子も見られない。
恋に恋する感じでもなく、曖昧な好きで成り立っているのかもしれなかった。
(一週間じゃあお互いに分からないのが普通だし、個人間の事に口出しは出来ないからなぁ……)
ただ、影山の様子を見ていると口で言っている事と本音は別の可能性があるな、と感じた。そうでなければ、日向と田中と楽しそうに話しているのを、微妙な表情で見たりなんかしないからだ。
「よし!じゃあうんちゃん、はどうだ?」
「うんちゃん!トラックの運ちゃんみたいで、かっくいー!」
「じゃあうんちゃんで決まりだな!俺の事は何時でもキャー田中先輩(ハート)って呼んでいいからなっ!」
「キャー田中先輩ー!」
「ワッハッハー」
「楽しそうと言うか……溶け込むの早過ぎと言うか……」
「どうせそう言う奴だから良いです」
影山に気を遣いながら言うと、影山は表情を変えずに言い切った。それはまるで自分に言い聞かせているかの様にも聞こえていた。
(これは一筋縄ではいかなそうだな……)
別の意味で、悩みが増えた、と菅原は思ってしまうのだった。
そんな菅原の心配を他所に、朔夜も日向達も楽しそうにしている。
「ほうほう。じゃあ中学の時の友達には翔ちゃん呼ばれていたと」
「まぁ、イズミンだけだけど」
「じゃあ私も翔ちゃん呼ぶー!イェーイ!」
ハイタッチをしている姿に、傍観を決め込んでいた筈の影山が動いた。無言で歩くと、朔夜の後ろから日向の事を睨み落としていた。
「ヒィッ !? 」
「ん?なになに?」
くるっと振り返ると影山がいるので、ムフフと朔夜は笑って言う。
「おやおやおや、混ざりたくなってきやしたかい?」
楽しそうにしている朔夜を見てから、ネットに視線を移して影山は冷たく言った。
「バレーが出来ないだろうが。邪魔するなら帰れよ。時間もねぇんだし」
それはいくら何でも彼女に対して言う言葉でない。ジーッと見てくる朔夜を見て、菅原は慌てて駆け寄りながら言う。
「影山!いくら何でもそんな言い方は……」
「らじゃ!」
しかし、朔夜はと言うとあっけらかんとした様子で答えていた。
「邪魔しない約束!でも混ぜて〜」
影山の言い方を一切気にしていない様子の朔夜の事を、菅原は驚いた様子で見た。
普通ならばあんな突き放す言い方をされたら傷付くモノだ。だけれど、朔夜は笑顔で大丈夫だと言っていた。
二人の間で取り決めた『邪魔しない約束』が関係しているのだろう。
だとしても影山の言い方は良くない。笑って許す朔夜への甘えであるだけである。
何度も同じ事を言われ続けたら、今は笑っているとはいえ不快感を感じる筈だ。
(まるで……嫌われたいみたいだな)
自分と真逆の様な朔夜の事を、影山は遠ざけたいのかもしれないと菅原は感じ取った。
あの性格に対応出来ずに断れずにいて、かと言って正直に無理だと言えずにいるのだろう、と。
「私でも出来る事って何?」
「ボール拾いとかだろうなぁ。ほら、アッチにボール何個かあるだろ?スパイク打った後のボールってあんな感じに転がるから、集めないとならないんだよ」
田中からの説明に体育館中に転がっているボールを朔夜は見ていた。
「で、拾ったボールはこのカゴに戻す、と」
田中の説明でやる事を理解出来たらしく、朔夜は敬礼すると嬉しそうに走っていきボールを拾っていた。
その姿を見ていた田中は両手を合わせながら菩薩顔で呟いた。
「……後輩女子、堪らん」
「田中止めろ」
影山の対応に困るが、田中の反応にも困る。たった一人の存在が、大きく、まるで台風かの様に暴れているのは確かであった。
良い意味でも、悪い意味でも。
「秘密の特訓とか、男のロマンですのぉ〜」
「うんちゃん分かってるな!」
「うぃっ!」
グッと親指を立て合う二人を、影山は黙って見つめているのだった。
(2021,7,25 飛原櫻)