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心がモヤモヤする時は

 

 

 金曜日夜。放課後の練習途中に妨害を受けた。
 中学時代の影山の事を、『あの日』の試合の事を知っている奴に会ってしまった。


コート上の王様。


 影山に付けられた異名。自分の行動全てを表した言葉。それは呪いの様に身体にまとわり付き、真綿で首を絞めてくるかの様に弱く、確実に絞まる。

「…………」

 パカ、と携帯を開き連絡先一覧を見るとそこには海野朔夜、の文字がある。


『連絡先交換しよー !! 』


 有無言わずに勝手に交換した連絡先。向こうからよく分からない写メが何度も送られてきている。風景やら、動物やら。
 でもそれに対して一度も返信をしていない。見て終わり、にしていたのだ。
 そんな自分勝手な事をしてきた奴が、自分のメンタルが乱れたから、と連絡を取っていいのだろうか。
 それは余りにも自己中心的ではないのだろうか。
 水曜日以降は早朝練に顔を出す事も無かったし、放課後も大人しく帰っていた。
 相手にしなかった事で付き纏ってくる回数が減った気がする。早くも飽きてきたのだと思い、このまま上手くいけば彼氏彼女の関係も解消される筈。
 解放されてスッキリする……のに、気分が良くない。

「……」

 ボーッとどれ位の間携帯を見つめていたのだろうか。さっさと寝てしまおう、と携帯を投げようとしてうっかり通話ボタンを押してしまった。

「げっ !! 」

 着信履歴が残る前に、と不可能な事を考えている間に画面は通話中へと切り替わる。携帯の向こう側からは、いつも通りの気の抜けた声が聞こえてきた。

『はいはいー!こちらモスバーガー !! 』
「…………」

 電話口でも訳の分からい事を言うのかと呆れるのと同時に、詮索をしてこないこの声を聞いていて安心している自分が居る事に、影山は気が付いた。

『初お電話だねー!どしたのー?』
「…………」

 どうした、と尋ねられたけれど、言葉が出てこなかった。
 数分の無言の後、電話口の向こうの朔夜から言ってきたのだった。

『あのねー、私今からお散歩の時間なんだー』
「…………」
『三角公園、って知ってるー?滑り台が三角の形の!』
「…………」
『おっけー!じゃあそこで待ち合わせだ!』

 一言も言葉を発する事が無かったのだが、それでも良かったのかこちらの言いたい事を分かってくれたのか、一方的に約束を取り決められた。

 通話が切れた画面を見つめてから、影山は外へ出ていった。
 



オタク+オタク=?
8ページ目   心がモヤモヤする時は

 



 まだ四月の夜は肌寒く、風が吹けば冷たく冷える。
 ボーッと歩きながら、影山は気が付くと指定された公園に来てしまっていた。
 会って何を話すと言うのだろうか。触れたくない過去の事を、好き好んで話す訳が無いのに。
 暫く誰もいないブランコを眺めていた所、背後から声が聞こえてきた。

「走れ走れー!ギャース!何で走ると私を噛み付くんよ !! 飼い主!飼い主だから!」

 声の主は朔夜であり、足元にいる犬に飛びつかれながら叫んでいた。散歩とは犬の散歩の事だったのか、と影山は黙って見つめていた。
 犬を飼っている事すら知らなかったし、それ以外も何も分からない事を思い出した。

「おまたーせ!」

 影山と目が合うと、朔夜はへにゃへにゃと笑いながらに近寄ってきた。その足元にいる犬は影山に興味津々なのか、足元の匂いを必死に嗅いでいた。

「てまこー。匂いを嗅ぐ前に挨拶が先じゃろー?」

 朔夜の言葉に対してチラッと視線を送ったが、てまりはすぐに影山の匂いをまた嗅ぎ始めていた。そんなに嗅ぐなんて臭いのか?と気になってくると、朔夜はてまりを抱き上げながら言う。

「初めましてこんばんは〜!海野てまりですぅ〜。フレブルとボストンのハーフのおにゃにゃのこなんですぅ〜」
「…………」
「犬は嫌いだけど、人間は大好きな奴なんだぁ〜」

 よいしょ、とてまりを地面に下ろすと、朔夜は笑顔で言った。

「お散歩しよか〜」





 何も口を開かず、ただただ無言で影山は歩いている。
 隣にいる朔夜は相変わらず色々と話をしているが、影山の耳には全く入ってきていなかった。
 夜道を二人と一匹で歩くだけ。
 電話を突然された理由も、何時も以上に無口でいるにも関わらず、朔夜は一切追求をしてくる様子が無かった。
 本当に好きな事を好きなだけ勝手に喋っている、と言った所だった。

「…………」

 影山は朔夜に何を求めて呼び出す様な事をしてしまったのか、分からずにいた。気が楽になる訳でも無い。
 気分の悪さは今だ健在であり、口を開いたら日向に対して怒鳴りつける様な口調を朔夜にもしてしまう気がしていた。

 日向には気にした事所か考えた事も無かったのに、何故か朔夜に対してそんな事を考えてしまっていた。

(俺は……何をしたいんだ…………)

 そう思った時だった。
 ふと、小指に温かさを感じた。そして、その温かさと共に『掴まれている』感覚が来た。

「…………」


 影山の小指の指先を、朔夜の親指と人差し指が掴んでいたのだ。


 手を繋いでいるとは言い難い、手繋ぎ。曖昧である二人の関係を表しているかの様であった。
 でも不快感はない。影山からすると小さいその手から感じる温もりは、じわりと暖かく伝わってきていた。
 掴まれているのを見ても、握り返すと言う単語は影山の中には存在しない。
 しかし振り払う、と言う単語もまた存在しなかった。

「とうちゃーく!」

 朔夜の言葉にハッとすると、小指を掴んでいた指は離れていき、てまりを抱き上げた朔夜は得意げに言ってきた。

「此処がウチなんだ〜、散歩おしまい」

 その言葉を聞き、ポストに目をやると確かに海野、と書かれていた。
 何処にでもある様な平凡な一軒家。庭がある分、自宅の方が広いのかもしれないと影山は思っていた。

「てまこ〜お散歩してもらったんだから、お礼しないと駄目だぞぉ〜」

 犬相手にそんな風に話しかけているのを見て、影山は黙って見つめる。結局最後まで朔夜が尋ねてくる事は無かった。
 踏み込んで来ないのはわざとなのか、話してくれるまで待っているのか。


 それとも話さなければ一生聞いて貰えないのか。


「…………」

 口を開こうとするが、やはり言葉が出てこない。何を言うのが正解なのか、何を言いたいのか自分の事なのに影山には分からないまま時間だけが過ぎていく。
 このままの精神状況で、明日を無事に迎えられるのだろうか。

「……明日」

 そんな事を思っていたら、口から出た。明日、と言う言葉が。
 声を発した影山自身ですら、小さすぎる声だと思ったのに朔夜はちゃんと聞いていてくれていたらしい。
 パァっと目を輝かせながら、朔夜が尋ねてきた。

「明日行く!見に行く !! 」

 まるで小さな子供の様に喜ぶその姿を黙って見つめる。
 来て欲しくない筈だったのに、今は来てくれると即答してくれた事に安堵を感じていた。


 過去は永遠に変わらない。


 でも、未来は分からない。

 自分の気持ちが落ち着いたら、朔夜に対してコート上の王様と言う異名の事を話せるのだろうか。話された朔夜はどんな返事を返してくれるのか。
 それを考えると気は重い。でも、今は……。

「バレー部っ試合っ」

 影山の気持ちも知らずに楽しそうにしているその姿を見ているだけで気が楽になる。そんな気がしてきた。

「いざ出撃!バレー部!」
「……好きにしろ」
「わぁい!許可貰ったぁ !! 」

 キャッキャッと喜ぶ姿を見下ろしていると、自分の思い詰めていた時間が無駄だった気がしてきた。朔夜の馬鹿が移ったのかと影山が考えていると、朔夜は言う。

「じゃあ明日、ね」
「…………ああ」
「楽しみだ、明日」
「……そう、だな」

 影山の返事を聞いてへにゃっと笑っていた朔夜だったが、足元に居るてまりが玄関へと向かっていく。
 犬に人間の都合など関係ないと言わんばかりの動きだった。
 それを見た朔夜はヒラヒラと手を振りながらお休み〜、と言いながら朔夜は自宅へと入っていってしまった。
 残された影山はそこまで遠い距離でもないし、ランニングだと思えば気にならないと、自分も自宅へと帰っていくのだった。





「…………」

 ベッドに横たわりながら、影山はぼやーっと自分の手を眺めていた。

(小せえ指だったな……)

 そんな風に思いながら、朔夜に掴まれいていた感触を思い出す。小さくて、少し暖かく強くも弱くもない掴む力。

「…………熱い」

 小さく呟きながら、顔を腕で覆って小さく呟いた。
 小指が熱を帯びる感覚も、朔夜の事が頭から離れない理由も影山には分からないままだ。
 この、説明しようのない感情が何なのか分かるのはもう少し先の話となる。
 嫌じゃない、そんな感情の名は。
(2021,8,20 飛原櫻)

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