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【バレー馬鹿は恋愛下手にも程がある】一話 出会いは最悪の一言から

  • kululu0607
  • 2022年4月18日
  • 読了時間: 5分

更新日:2022年5月18日

 この世に生を受けて十九年、朔夜は生まれて初めての恐怖を知る事になった。

 突然掴まれた手首から視線を上げ、掴む相手の顔を見る。

 男性と言うには幼く、少年と言うには大人びている。きっと自分と同年代の青年なのだろう、と思った。

 整った顔立ちでイケメンに部類される人種だ。

 背も高く体格も良いまるでスポーツマン。

 そんな人種に何故手首を掴まれているのか分からない。

 朔夜が口を開こうとした瞬間、青年が先に口を開く。

 その開いた口から出た言葉に朔夜の思考は停止した。


「俺と……セックスして下さい!」




バレー馬鹿は恋愛下手にも程がある

一話

出会いは最悪の一言から




「…………は?無理です、有り得ない、警察呼ぶ」


 スっとポケットからスマホを取り出していると、青年は掴む手に力を入れて言うのだ。


「俺本気なんで!」

「本気とかタチが悪いにも程がある!」


 これは本気でヤバいのでは、と慌てる朔夜なのだが、青年は掴む手を離してくれないし、強く掴むから痛い。

 なんで頭一個分位身長差がある男にいきなり、ナンパとは言い難い訳の分からない事を言われているのか、そろそろ思考が追い付けない。


「初めてだけど、頑張るんで!」

「童貞かよ!頑張る方向迷子にも程があるだろ!てかアンタ誰 !? 」


 青年の暴走にツッコミが止まらずにいる朔夜だったが、やっと本題に対してツッコミ出来た。

 そう、そもそもこの青年は何者なのか、と言う問題だ。


「影山飛雄です」

「そーかそーか!影山さん?警察呼ばれる前に帰って頂こうじゃありませんか!」

「呼ばれたら困るんで」

「じゃあ呼ばれる様な事をしてんじゃねぇよ!」


 手首を掴まれている以上、朔夜は逃げる事が出来ない。

 人通りがない訳じゃないが、運が悪く人がいなくて正直泣きたい気分でいっぱいだった。


「俺の何が駄目ですか?」

「全部だよ全部!何が悲しくて初対面の相手に性行為の誘い受けなきゃならんのよ !! 新手の罰ゲーム !? 」


 そろそろ解放してもらいたくて必死なのだが、引いてもらえそうになくて、涙目になる。

 正直デカ過ぎて怖い。真顔過ぎる所も怖い。交番に駆け込みたい。


「俺、本気なんで」

「何で私なんだよ!もっと美女探してこいや!何で芋女口説いてんのさ!」


 朔夜の容姿はお世辞にも可愛いや美人には部類されない。

 中の中程度のモブだと自覚している。

 そんなモブにイケメンがセックスしてくれとナンパしてくるのが、そもそもありえない。


「芋女?」

「芋だよ!自他共に認める芋だよ私は!てか手の込んだ罰ゲームとか止めて欲しいんですけどぉ!」


 どうせイケメン特有の冴えない女をナンパして、相手が本気にするかどうかの反応を楽しむタチの悪いアレなんだろうと、朔夜は判断していた。

 そうじゃなきゃ自分が選ばれた理由もないし、納得出来る。


「罰ゲームじゃないです」

「はぁ?」


 じゃあ新手のセフレ探しか、と怪訝そうに見ると影山は予想外に真面目な表情で言ってきた。


「見た瞬間に『あ、この人だ』って思いました」

「思うな、気の所為だ、酔っ払ってるだけだ」

「俺まだ未成年だから酒は飲めません」


 お酒が飲めないと言う事は同年代確定だ。

 アホみたいなナンパをしてきた所と、童貞であると馬鹿正直に述べた所を考えると、恋愛下手なんてレベルではなさそうだ。

 不器用過ぎて暴走しているとしか思えなかった。


「十八?十九?」

「今年十九っす」

「同じ歳ぃ!」


 タメかよ、と脳内でツッコミを入れながらも口から声も一緒に出た。

 そろそろ相手にする事も疲れてきたし、寮の門限を考えたら一秒でも早く解放されたい。

 何とか上手い解放文句がないかと頭を悩ませていると、影山が尋ねてきた。


「名前、知りたいです」

「誰が変人ナンパ男に馬鹿正直に個人情報言うかっ!」

「俺は言いました」

「あーあー、そうでしたねぇ!じゃあ田中ゴンザレスで」

「田中さんですね」

「信じるなっ!」


 偽名にもならない偽名なのに正直に信じるなんて、この影山と言う人物がどんな人なのか予測出来ない。

 兎に角、溜まっていると言う事だけは理解出来た。


「私もう学校の寮の門限の時間来るから、離してもらえない !? 離さないならガチで警察呼ぶ!」


 離してもらえるとは思っていなかったのだけれど、予想外に影山は掴んでいた手首を離してくれた。

 解放された事に朔夜が安堵していると、唐突に目の前に紙切れを突き出された。

 それは長方形の紙で、まるで何かのチケットに見えた。

 なんだこれ、と朔夜が尋ねる前に影山は強めに言う。


「これ、明後日の試合のチケット!俺出るから絶対に来て欲しいです」

「試合?はぁ?」

「試合です!」

「てか明後日?いやいや急にも程が……」


 状況に追い付けない朔夜を無視し、無理矢理チケットを握らせる形で押し付けられた。

 そもそも何の試合なんだ、とチケットを見ようとしたら、チケットを持ったままの手をガッシリと握り締められ、影山は続けて言う。


「このチケット、関係者出入り口使える様に話付けておくんで!」

「いや、行かねぇわい!」

「待ってるんで!俺、絶対に待ってるから!」

「人の話を……」

「田中さんが入れる様に、俺準備整えておきますから」

「田中ゴンザレスは忘れろぉ!」


 自分で言っておきながら、真顔で田中ゴンザレスなんて呼ばれたら恥ずかしい事に、今更朔夜も気が付いて恥ずかしさで爆発したかった。

 友達がネットゲームで使ってる名前なんて使うんじゃなかった、と。

 恥ずかしがっている朔夜に気が付かず、一方的に告げたいだけ告げ、影山は言う。


「門限あるんですよね?じゃあ明後日に!」


 返事も聞かず、影山は足早に走り去っていってしまった。

 まるで台風にでもあったかの様に目まぐるしい早さに、目が回りそうになっていた。

 今まで生きてきて、こんなに疲れる数分も初めてだった。


「つ、疲れた……」


 それでも開放された、と言う事実に朔夜は安堵していた。

 こんな濃い数分は二度とごめんだと思いながら、そう言えばチケット、と歪んでる紙に目を落とした。


「えと……Vリーグ。…………Vリーグってなんだ?」


 そう言えばスポーツ観戦なんて、テレビでだってしないタイプだったと朔夜は思うのだった。

(2021,4,14 飛原櫻)

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