【バレー馬鹿は恋愛下手にも程がある】二話 彼女(予定)です1
- kululu0607
- 2022年5月18日
- 読了時間: 5分
「……………」
朔夜は目の前の建物を見上げながら、何故貴重な休日を犠牲にしているのだろう、と頭の中で嘆いていた。
バレー馬鹿は恋愛下手にも程がある
二話
彼女(予定)です
二日前の夜に突然出会った、影山飛雄と名乗る一人の男。
出会って第一声がセック スして下さい、と言う馬鹿げた事を言った不審者。
だが、身元を証明するには十分である試合のチケットを押し付けられ、馬鹿正直に会場に来てしまったのだ。
「……いや、馬鹿でしょ私」
見つかる前に早々に帰るべきだと、Uターンしようとした所、人混みの中に一際背の高い男の姿を認識した。
認識したのと同時にマズいと思ったが後の祭り。
「田中さんっ!」
フルネームで呼ばれなかったのが不幸中の幸いだったけど、選手と思われる人間に呼ばれた事実で目立つ目立つ。
と、言うよりも何故それなりに人の流れがある中で、小柄に部類されそうな朔夜を影山は一目で見付ける事が出来たのだろうか。
可もなく不可もなく、普通の服装をしていると言うのに。
「良かった、来てもらえなかったらどうしようかと思ってて!」
「いやもう何で私も此処にいるのかワケワカメ。寮で昼寝してれば良かった。私の馬鹿」
逃げようにももう朔夜の両手はガッシリと影山に掴まれているので、逃げる事は不可能となった。
学生の貴重な休日を今まで興味の欠片もなかったスポーツに捧げる等、よくよく考えなくても苦痛だ。
「バレー好きですか?」
「スポーツ全般興味なし」
「じゃあ俺バレー好きだから好きになって下さい!」
「どんだけ自己中だよ!」
自分が好きだから好きになってくれ、とはまぁ間違っていない気もするけれど、スポーツに無縁だった人間にいきなり好きになれは無茶である。
「かーえーりーたーいー」
「それじゃあ行きましょう!」
「無視かい!」
手をしっかりと握り締めたまま、影山はずんずんと進んで行く。
出入口から入るかと思ったらそこはやはり選手。関係者用出入口に向かい、朔夜を連れたまま入っていく。
「俺九時から外で待ってたんです!」
廊下を進みながら言う影山の言葉に、朔夜は持っているチケットの時間を見て突っ込んでしまう。
「はっっっや!開場十二時書いてあるけど !? 」
「楽しみ過ぎて!」
「何が !? 試合が !? 」
「田中さんが来てくれるのが!」
「だから私は田中じゃない!」
いや、田中ゴンザレスと名乗ったのは朔夜自身で、本名を告げていない以上、影山にとって朔夜の名前は田中ゴンザレスだ。
だが、何を考えているのか予想出来ない影山に、どうしても本名を名乗りたくない。
「影山やっと戻ってきたのか」
「星海さん」
「めふっ!」
廊下を進んでいくと影山を呼ぶ声がして、歩みが止まった。
影山が大き過ぎて前が見えていない朔夜は、いきなり止まった影山の背中にぶつかって、鼻をぶつけて変な声が漏れた。
「すみません。もう戻れるので」
「戻れるって……」
星海、と呼ばれた相手は影山の後ろに人がいるのに気が付き、ひょいと覗き込んできて、朔夜と目が合った。
独特な目をした人だな、と鼻頭を摩っていると、星海は大きな声で言った。
「影山冗談じゃなくて本当だったのかよ !? 」
何の話だと朔夜が思っていると、廊下に大声が響いたのが原因なのか、チラホラと人が出て集まってきた。
バレーボールとは長身の人達がやるスポーツだと言う事は、スポーツに興味が無い朔夜でも流石に分かっている。
わらわらと長身の男が集まってきたら正直な話怖いし、朔夜はそれなりに人見知りもするので地獄だ。
「え?影山本当の話だったのか?」
「チケット渡した言ってたから半分信じてはいたけど……」
「影山、アップの準備とか大丈夫なのか?」
次から次へと集まる話してくる、で頭の中がぐるぐるしていると、両肩を掴まれて無理矢理前に出された朔夜の事を、影山は自信満々な声色で言った。
「俺の彼女の田中ゴンザレスさんです!」
「人見知りとか言ってる場合じゃないから、突っ込ませろぉぉぉぉぉ !! 」
流石に状況に耐えられなかった朔夜は、今まで生きてきた中で一番の訴えをしたと自負出来ると思った。
◆
「つまり、彼女じゃなければ、田中ゴンザレスと言う名前でもないと言う事か」
「はいそうです、田中ゴンザレスは私が悪いからいいんですけど、彼女は本当に勘弁して欲しく」
「影山、田中さんを困らせたら駄目だろう」
「牛島さん、困らせてません」
「もぉぉぉぉぉ!」
選手控え室に案内してもらい、朔夜は己が身に起こったことを正直に話した。
この目の前にいる牛島と言う人物は仏頂面に反して、真面目にしっかりと話を聞いてくれる人の様であり、少しだけ安心していた。
「てか彼女って何 !? 初耳なんですけど !! 」
「一昨日言いましたよね?」
小首を傾げながら言う影山に、朔夜は一昨日の事を思い出してみる。
いや、そんな事は微塵も言われて等いない。
「お前が私に言ってきた事はセックスして下さいだろうがぁぁぁ!」
「はい、言いました」
「それがどう転がって彼女、に変換されるんじゃらい!もう帰らせろ!」
騒ぐ朔夜の状況を見て、牛島は落ち着いた表情のまま分析したのか言う。
「影山、一目惚れしたのか?」
「はい」
「ならばもう少し違う言い方をしないと、田中さんには伝わっていないぞ」
牛島の言葉に影山は朔夜の事を見て、改める様に両手を握り締めて言ってきた。
「一目惚れしました」
真剣な表情で言われたけれど、全く心に響かない。
確かに目の前にいるのは、大多数の人間がイケメンだと言う位に顔立ちが整っている男である。
が、朔夜に取ってはタダの変態にしか映らない。それに何よりも……。
「私、付き合う相手はオタクがいい」
キッパリと告げると、影山は首を傾げて少し考え、そして言う。
「俺、バレー好きです」
本人は至って真面目であるのだから疲れてしまう。
朔夜は青筋を立てながらに、改めてハッキリキッパリと伝える。
「漫画とかゲームが好きなオタクが良い。スポーツオタクは人種が違うんだよ、バホがぁ」
「バボちゃん好きなんですかっ !? 」
何故、そう捉えたのだと思い、朔夜は叫びながらにツッコミを即入れた。
「馬鹿と阿呆を纏めてばほって言っただけじゃい!バボちゃんは…………バボちゃんは正直ピンク可愛いと思うけど!」
そう言えば何かの時期になると、サザエさんのエプロンの柄がバボちゃんになるので、バボちゃんは面識ある。
あのキャラは正直可愛いと、バレーには興味無くても思ってはいた。
「ピンクのバボちゃんですねっ!俺絶対に手に入れてきますのでっ!」
「んんっ?……んん…………んー……」
影山の言葉に朔夜は首を捻らせる。
これは遠回しに次回の会う予定を作られているのではないのか、と。
(2021,7,1 飛原櫻)


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