【バレー馬鹿は恋愛下手にも程がある】二話 彼女(予定)です2
- kululu0607
- 2022年5月18日
- 読了時間: 6分
それは嫌なのだが、バボちゃんを手に入れてくる、と言われてしまい首を捻らせて悩んだ。
今日限りの縁にするか、バボちゃんを優先するか。
「バボ…………バボちゃんは、正直欲しいぃ」
つい、誘惑に負けてしまい、朔夜は言ってしまうのだった。
その言葉に影山の顔が輝いた気がしたが、朔夜にはスルーするしかなかった。
物欲に弱い自分が情けないと朔夜は思ったが、自分に正直なのだからどうする事も出来ない。
二次元オタク趣味を取り除くと、朔夜は女の子らしくぬいぐるみが好きである。
で、普段余り目にする事が無いぬいぐるみには興味がどうしても湧いてしまうのだった。
「…………疲れてきた」
はぁ、と大き過ぎる溜息を付くと影山は素早く控え室のベンチにタオルを引いて言う。
「座って下さい!」
「物理的じゃない、精神的に……あ――、物販でも見てこようかな……」
この空間から脱出する為の正当な理由は、もうトイレか買い物しか思い付かない。バレーボールには興味はないのだけれど、物販ブースがどうなってるのかは興味がある。
一人になりたいしなぁ、と朔夜は言った。
「お手洗いついでに物販見てくる」
「一緒に……」
「来んでええわ、目立つ」
ピシャリと言い切り、なんとか開放されたと朔夜は控え室を出ていけた。廊下を歩いているスタッフに一般客が行ける場所を教えてもらい、ロビーに出る事が出来た。
「はぁ〜……意外と人が多い」
今まで全く興味の欠片もなく、知識も無かったので知らなかったのだけれど、スポーツ会場は思った以上にファンの出入りが多いみたいで感嘆の声が出てしまった。
二次元オタクにとって、スポーツなんて最も縁遠いのでついついお上りさんみたいに辺りを見回してしまう。
自分は間違いなく場違いな人間なのだが、それが目立ったりしていないか気になってしまう。
流石にアニメイトの袋を持っていないし、オタク丸出しな見た目はしていないので大丈夫な筈、と自分に言い聞かせた。
「そだ、物販物販」
オタク本能でフラフラ〜っと物販ブースへ足を運ぶ。レプリカユニフォームとかが飾られている彼処がそうか、とひょっこりと覗き込んでみた。
タオルやらバックやら色々とあるんだなぁ、と眺めていたがそう言えば今日はどのチームの応援に来たのだろう?と首を傾げてしまった。
バレーボールとやらにもパンフレットがあるのだろうか、と小首を傾げながら考えていると物販のスタッフに話し掛けられてしまった。
「何か探していますか?」
「んん……誘われて初めて来たから全然分からなくて……」
素直にそう告げると、持ってきているチケットを尋ねられた。チケットを見せて座席を確認してもらうと、笑顔で言われたのだ。
「シュヴァイデン アドラーズの座席ですね。招待してくれた方、誰のファンでした?」
誰のファン、と尋ねられファンじゃなくて選手本人なんだよなぁ、と思いながらに口に出してしまった。
「影山……飛雄?」
フルネームで覚えているのは影山一人だけ。後は苗字で牛島、が分かる程度でしかない。
影山の名前を告げると、レプリカユニフォームを出されながらに話をされる。
「影山選手ですね!期待の新人ですよ!」
ほう、そうなのか、と思いながらレプリカユニフォームの値段を見てピタッと止まった。
別に驚く程の高額ではない。財布の中身を見ても買えない事も無い。だがしかし……。
(オタクに五千円の出費!……この五千円があれはアニメイトで……)
頭の中でぐるぐると考えてしまうが、目の前にレプリカユニフォームを出されて説明されると断り辛い。
こんな事ならば適当にキーホルダーとかタオル選べは良かったと、朔夜は本気で後悔していた。
(ぐぬぬぬ……)
断りたいけど、断れない。五千円は望んでいないがチケット代だと、涙を飲んで腹を括った。
「……それ下さい」
「影山選手のレプリカユニフォーム一点ですね。サイズはどうしますか?」
「Mでお願いします」
痛い出費だと泣きたい気分で、欲しくもないレプリカユニフォームを購入してしまった。
支払って受け取ったレプリカユニフォームをどうしようかと、眺めていると背後から痛い程の視線に気が付き慌てて振り返った。
関係者以外立ち入り禁止、と立て札が立っている通路から、そっとこちらを見ている影山の姿を見つけてしまった。
バチッと目が合ってしまい、朔夜は目眩を感じずにいられない。
買い物している所を見られてしまった。距離はあるが、あの表情を見る限り、何を買っているのか分かっているのだろう。
ソワソワとしつつ、目を輝かせている姿に朔夜はぐったりとせずにはいられない。
(頭痛い……)
すぐに戻るのは嫌だったので、すぐ側の飲食物を適当に買ってから周りに気が付かれない様に、諦めて影山の元へと戻る事にした。
◆
「俺のユニフォーム!」
「私の五千円返せぇぇぇぇ !! オタクの五千円はどれだけ推しに貢ぐ為に必要だと思ってんだ……」
戻った控え室で目を輝かせて喜ぶ影山と、顔を抑えて嘆く朔夜。見たままの対極の二人の姿に周りも声を掛けづらかった。
「サインしますよ!俺!」
朔夜の嘆きに全く気が付く様子のない影山に、朔夜は真顔で言う。
「え?ヤフオクで転売でもすればいい?」
「それで田中さんが喜ぶならは」
「ごめん、嘘だから」
流石の朔夜もそこまで人でなしではない。それに、目を輝かせながら、本当に嬉しそうに買ってきたレプリカユニフォームにサインしている姿を見ると、転売は心が痛くなる。
それにしても服にサインを書くのに慣れているらしい影山に、純粋に尊敬していた。布地に文字を書くのは難しいのだから。
(楽しそうだなぁ……)
全てが他人事の様に映っているのだが、目の前の光景は自分が関わっている光景なのだと理解はした。
ただの二次元オタクが、スポーツオタクの中にいるのが変な感じしかしない。
住む世界が余りにも両極端過ぎて。
これからちゃんとルールも分かっていなければ、選手も分からない試合を観るのかと、遠くを見つめる目で天井を見た。
そう言えばバレーの試合はどれくらいの時間が掛かるのかすら、朔夜には分からない。
(流石に寝たりはしないだろうけど……)
する事もないし、妄想でもして時間を潰すしかないのかと思っていた所、サインが書き終わったらしく、興奮した様子で影山が寄ってきた。
「書き終わりましたよ、サイン!」
「へぇ〜あ〜り〜が〜と〜」
棒読みで答えながら、サインを見てみた。
「…………芸能人っぽい何書いてるか分からないヤツやな」
「影山飛雄って書いてあります」
「他の名前だったら目玉が飛び出す位に驚くわ」
冷静にツッコミを入れていると、そろそろ選手達はアップの時間だと話が聞こえてきた。
ユニフォームはしまえばいいのか?と思っていると、何故か期待いっぱいの眼差しで朔夜の事を影山は見ていた。
「え?何?」
「着ないんですか?俺のユニフォーム」
「え?着るモンなの?スポーツの世界は分からん……」
むむむ、と眉間に皺を寄せながらにユニフォームを睨み付けた。
服の上から着るでも良いだろうか、サイズは大丈夫だろうか、と悩みながら。
「絶対今日勝ちますから!」
「あーうん、分かった分かった」
「田中さん応援して下さいね!」
うっかり田中ゴンザレスの事を忘れていたと朔夜は思い出した。
正直偽名でもなんでもないのだから、田中と呼ばれても自分だと分からない。
自業自得だけど、そろそろ本名言おう、と朔夜は思うのだった。
(2021,7,1 飛原櫻)


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