【ソラの子】空1 無表情の少女1
- kululu0607
- 2022年4月29日
- 読了時間: 4分
「…………飛鳥」
優しい声。
優しい笑顔。
大きな手に頭を撫でてもらうのが大好きだった。
「ほら、さっさと行くぞ」
「……側を離れるな」
「奴だけは見本にするな、ロクな人間になれんぞ」
何時も前を進んでいた。
近くて遠い存在。
必死になって走って追い掛けていた。
追い掛けると必ず先にいるのだけれど待ってくれた。
「わしゃあ飛鳥がその笑顔で笑ってくれてるだけで幸せじゃき」
辛い時代なのに何時も明るく笑顔をくれた。
乱暴に撫でてくる手は気持ちよかった。
けれど…………。
「飛鳥…………子は何時か必ず親元を離れる」
重く、理解したくない。
「………………生きてくれ…………私のいとおしい娘……」
ピピピ
ピピピ
無機質なアラームに目を覚ます。
決まったテンポで鳴る眠気を遮るその音を、止める為に手を伸ばした。
「…………ん……」
が、その音に気が付いたもう一つの手が先に止めた。
「…………あ――まだ眠いよ……」
音を止めた主はそう言うとすぐに布団を頭まで深く被り、二度目の睡眠に入ろうとする。
二度寝の味を占めてしまうと一度で起きたくなくなるのだ。
だが、そう言う訳にもいかないので、寝かせない様にと手を伸ばした。
「綱吉、寝たら駄目だよ」
優しく肩を揺らすと返事が返ってきた。
「ん――……飛鳥、あと五分だけ……」
その返事に対して淡々と答えた。
「駄目、綱吉の五分は遅刻になるから」
起きて、と身体を揺らせば布団と一緒に腕が延びてくる。
グイッと抱き寄せられれば眠気に負けている声が。
「……大丈夫だよ、飛鳥。だから一緒に寝ようよ…………」
甘やかしてはいけないと再三言われている。
けれどどうしても甘やかしてしまうと言うか、目の前の相手だけの押しに弱いのだ。
「…………ちゃんと五分で起きる?」
「起きる起きる……」
本当かどうか疑わしい返事だったのだが、そう言われたので信用する事に。
まだ男性と言うには幼い細い腕と胸板の暖かさに嬉しく擦り寄る。
毎朝必ず感じないと落ち着けない大切な存在。
大事な大事な、愛しい――――兄の存在。
兄の名は沢田綱吉。
妹の名は沢田飛鳥。
似ても似つかない双子の兄妹の何時もの朝が始まった。
◆
「うわぁぁぁぁぁぁ !! 遅刻だ―― !!!! 」
バタバタと動き回る姿に呆れた声がする。
「もう、ちゃんと起きないからよ。アーちゃんに起こしてもらったんじゃなかったの?」
「そうなんだけど、ついつい二度寝しちゃって!」
慌てながら身支度をする綱吉に対して飛鳥は全く慌てる様子もなく、朝食のトーストを食べていた。
「アーちゃん、ツッくんの事甘やかしたら駄目言ったでしょう?」
そう叱る母、奈々の言葉に飛鳥は食べる手を止めて答えた。
「綱吉あと五分で絶対に起きるって言ったから」
その言葉に綱吉は困った顔になりながら言う。
「あはは…………その予定だったんだけどね……」
五分で起きませんでした、と言う状況に奈々は言った。
「アーちゃん。ツナは絶対にあと五分じゃ起きないから明日からは二度寝させたら駄目よ」
腰に手をあてながら言う姿にトーストを食べ終わった飛鳥は頷いた。
「ほらほら、二人共急がないと遅刻よ、遅刻」
奈々の言葉に時計を見ればもう八時。急いでも遅刻になってしまう時間だ。
「飛鳥早く行こう!」
朝食のトーストを手に取りそのまま玄関へと走りながら綱吉は言う。しっかりと朝食を座って食べ終えた飛鳥は、ゆっくりと立ち上がり荷物を手に取った。
「母さん行ってきます!」
遅刻だ遅刻だと騒ぐ綱吉の声を聞きながら飛鳥も言う。
「奈々、行ってきます。フェイとリュウをよろしく」
「うん、アーちゃんもツッくんもいってらっしゃい」
笑顔で手を振る奈々の姿とその奥にいる二匹の動物の姿を見てから、飛鳥も先に家を飛び出して行った綱吉の後を追って出掛けた。
騒がしくも幸福な日常が今日もやってきた。
寝坊に慌てる綱吉にそれを優しく叱る奈々。その親子の光景を無言で見守る飛鳥。沢田家、沢田親子の当たり前の日常、だ。
「さーて、朝の嵐も去ったしお片付けしましょう。フェイとリュウ、お手伝いお願いね」
奈々の言葉に二匹の動物が動くのだった。
◆
「遅刻遅刻遅刻!」
朝食のパンもロクに味わえずに綱吉は走る。その後を飛鳥は呼吸一つ乱す事なく着いていく。
「あああ!もう走っても絶対に間に合わない!」
もう駄目だと弱音を吐く綱吉に向かって飛鳥は言う。
「綱吉、急ぐ?」
「急ぐ、いそ…………」
綱吉の最後の言葉を聞く事もせず、最初の言葉から判断をした飛鳥は綱吉の手をしっかりと掴んで走るスピードを上げた。
「だぁあ!」
その速さと言ったら。
その速さについていけない綱吉は半分宙に浮いた状態になる。本来ならば転んでしまうのだが、しっかりと掴んでいる飛鳥の手の所為で転ぶ事が許されない。
自分自身の足にとられながらも、綱吉は荷物を落とさまいと必死にカバンを握り締め、早く学校に着けと祈るばかりだった。
毎度の事ながら飛鳥の足の速さには慣れない。同じ人間でましては飛鳥は女の子なのに、と。
自分の駄目さ加減が嫌な程思い知らされる。
「間に合ったよ」
校門前にてやっと止まった飛鳥に向かって、綱吉はフラフラのまま答えた。
「あ、ありがと……」

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