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【ソラの子】空1 無表情の少女2

  • kululu0607
  • 2022年4月29日
  • 読了時間: 5分

「チャイム鳴るから急ごう」


 そう言って今度は綱吉に合わせたスピードで行く。まだ先程の全力疾走の余波で頭がクラクラしている綱吉の事を配慮して。

 玄関に入り靴箱で外履きから上履きへと履き替える。遅刻ギリギリの時間で周りの生徒の数も少なく、皆早足に教室へ駆けていく。綱吉と飛鳥も例外ではなく、早足で教室へと向かう。

 向かいながら綱吉は申し訳なさそうに飛鳥へ言った。


「ははは……毎日本当に駄目だよな、俺」

「眠いなら仕方ないよ」


 サラッと返答をする飛鳥に綱吉は首を振りながら自分の事を考えて言う。


「何時でも飛鳥に頼りっきりでさ。飛鳥は何でも完璧に出来るのに兄貴の俺は何も出来なくてさ…………」


 何でこうも同じ生活をしていて違うんだろうと落胆していると、早足で歩いていた飛鳥がその歩みを止めて止まっている事に気が付いて綱吉も止まった。


「飛鳥?」


 振り替えると同時に飛鳥が言う。



「そんな事、ない」



「飛鳥…………」

「綱吉は駄目なんかじゃない」


 はっきりきっぱりと意思の強い瞳で言われた。

 それは飛鳥が本心から言っている事が伺え、自分の事を思って言ってくれている事を理解していても驚いてしまう。


「周りの言う事なんか気にしなくていい。綱吉はそのままでいい」


 気圧されてしまう程、はっきりとした飛鳥の声。誰からも『ダメツナ』と呼ばれていて呼ばれ慣れてしまって当人すらそう思っている。そんな自分に向けて違う、と言ってきた。


「あす…………」



キーンーコーンーカーンーコーンー



 綱吉の言葉を遮る様にHRが始まるチャイムの音が響いた。


「あ……」


 結局遅刻だ、と声を漏らした綱吉に再び歩き出した飛鳥は、今までの事が何もなかったの様に言う。


「急ごう」


 綱吉の返事も聞かずに飛鳥はスタスタと、教室の方へ歩いていってしまった。


「あ…………う、うん……」


 何とか返事をして綱吉も教室へと急いで行った。数分の遅刻だから大して怒られる事もなく、無事にHRが終わった。

 一番前の窓際の席に座る飛鳥と真ん中の列に座る綱吉は席が離れている。ボヤーッと外を眺める飛鳥を見ていると綱吉はクラスメイトに声を掛けられた。「よう、ダメツナ。今日も遅刻かよ」

「あはは……」


 空笑いで答えればクラスメイトは飛鳥の後ろ姿を見ながら言う。


「ダメツナに付き合って完璧飛鳥も遅刻だもんなー。てか遅刻する時って必ずダメツナと一緒だよな。駄目兄貴に付き合ってんの?」

「あー……まあ、うん」


 事実であり否定する事が出来ず、綱吉は縮こまった。



 何かある度に二人は何時も比べられた。駄目な兄と完璧な妹として。

 綱吉は実際に自分が駄目人間であり、色々な事を完璧にこなす飛鳥と比べられるのは当たり前だと考えていた。飛鳥がそれに関してどう思っているかは、……怖くて聞けていない。



「ったくせっかく容姿端麗才色兼備なのにダメツナが兄貴なんて完璧に穴だよなー」


 ゲラゲラと笑い言われても言い返す言葉なんか見つからないし、笑ってやり過ごすしかない。気にするだけ無駄な足掻きであるし、飛鳥に対して引け目も持っていたから。

 自分は飛鳥にとって恥ずかしい存在なのだと。


(はぁ…………本当に飛鳥に申し訳ないや……)


 飛鳥の兄として情けなくて、消えてしまいたいと思う程だ。飛鳥には容姿も文武も完璧にこなせる人が兄として相応しいし誰もが納得するだろう、と。



 自分は飛鳥の兄に相応しくない。



 そう思った瞬間だった。今まで好き放題に喋っていたクラスメイト達が突然黙ったのだ。どうしたんだと顔をあげようとした瞬間声がした。


「ねえ、煩い」


 それは紛れもない飛鳥の声であり、しっかりと顔をあげると先程まで自分の席に座っていた飛鳥が、目の前にいた。

 一切表情を変えず、淡々調子で言う。


「ダメツナ言うな、煩い」


 その言葉に綱吉は今までの話が飛鳥の耳に入っていたのだと理解した。そして飛鳥はその話が不愉快であったと言う事も。


「いやーでもさ、ツナが兄貴で嫌だと思わないの?何をしても駄目駄目で……」

「煩い」


 ピシャリと言い放つ飛鳥に怖じけついてしまったのか、綱吉を散々弄っていた人間は皆自分の席へと逃げていった。

 逃げていく姿を黙って見る飛鳥に、綱吉は恐る恐る声を掛けた。


「……あ、飛鳥」

「綱吉、気にしたら駄目だからね」


 静かに言う飛鳥の声色は怒っていない事がすぐに分かる柔らかい声だった。


「えと…………」


 なんて返事をすればいいのだろうかと迷っていると、はっきりと飛鳥は言った。


「綱吉は私のにぃだよ」

「飛鳥…………」


 こんなに情けない奴なのに兄だと言ってくれる飛鳥が綱吉には嬉しかった。



 何かある度にそっとフォローをして助けてくれる可愛い妹。



 自分が飛鳥の兄であって引け目を感じても申し訳ないと思っても。それでも最後は飛鳥のたった一言で変わる。『にぃ』と呼んでくれるだけで。


「私戻るね」


 そう伝え自分の机に戻っていく飛鳥を無言で見送る。何でも出来て見た目も可愛い完璧な存在。



 ただ一つの事を除いて。



(今日もやっぱり無表情…………か)


 廊下での会話も先程の時も声色を聞けば怒っている事は誰でも分かる。けれど、声色に反して表情は一切ないのだ。

 誰からも完璧、完璧と言われる飛鳥の欠点。一つは言わずとも『ダメツナ』と呼ばれる兄の自分。それからもう一つは表情がない事だった。

 怒った表情も喜んだ表情も、クラスメイトは勿論の事他人に表情の喜怒哀楽を見せる事がない。声色だって、滅多に怒らなければ淡々とした声色しか飛鳥にはない。

 それを欠点と捉える人と感情すら簡単に出さないと完璧に捉える人と別れた。



 綱吉にとってはそれを欠点だと捉えているが、飛鳥に伝える事はしなかった。



 それにもちゃんと理由があったから。その理由が合ったとしても何時か他人に対して無表情で無くなればいいのに、と無表情で座る飛鳥の事を見つめながら綱吉は寂しげに思うのだった。





ソラのコ

空1  無表情の少女

(2016,4,4 飛原櫻)

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